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「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

ゆめ・まぼろし

私のブログのタイトルについて若干突っ込みを入れたい人がきっといらっしゃるのではと勝手に思いまして、今日はタイトルについてちょろっと書いておこうかと思います。

このブログのタイトルは『いいゆめ・ゆし・きぶん。』とつけております。

きっとみなさん、某テレビ局の旅番組『いい旅、ゆ○気分』のタイトルのパクリだなとクスッとなさっていることでしょう。


はい。その通りです!


ええ、ええ、若干もじりました。もじりましたとも!(あっさり白状)

いや、なかなかいいタイトルだとおもうのです。あの番組みてるだけでちょこっと旅した気になってなんだかほのぼのしますし、ちょっと休んで温泉でもつかるかなんて肩の力抜いて旅したくなりますしね。まさに『いい旅、ゆめ○ぶん』だと思います。

たまには雑多な日常を忘れ知らない土地にふらり旅にでて、非日常的な夢のようなひとときを味わう。。

そんな気分で見てもらえたら嬉しいなという意味もあります。


「ゆめ」


夢といえば、昔、国語の授業で習った、ある漢詩を時々ふと思い出します。

荘子の『胡蝶の夢』です。

中国、戦国時代の思想家、荘周が夢をみて、夢の中で蝶となりひらひらと飛んで大いに楽しんでいたところ目が覚める。果たして自分が蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶のみている夢なのか…

という内容の有名な説話です。

「蝶」「夢」

学生の頃の私にはなぞなぞみたいなつかみどころのない不思議で儚く美しい世界観が印象的でした。

今も唯一覚えている漢詩です。
そしてとても好きな漢詩です。

「現実がホントなのか、
夢がホントなのか、区別がつかない」
「人生の儚さ」
そんなことの例えだったと思います。

仏教用語に「夢幻泡影」という言葉があります。人生は夢や幻、泡や影のように儚いものであるという意味ですが、人の一生はシャボン玉のようにきれいな泡がふわっと現れパチッと弾けて消えるようにホントにあっという間の出来事なのかもしれませんね。

時々ふと、「あれ?この間、お父さんと手をつないでスケートリンクで一緒に夢中で滑って楽しんでたよな(6才)」とか「あれ?この間、北海道の裏山で夢中になって魚とってたのにな(小3)」とかとか突然ついさっきの出来事のように思い出す事があります。

過去はいつの間にか凝縮編集され、まるで一晩の眠りにみた夢の如くになってしまうなら、きっと、今この瞬間もいつかそんな風に夢のような出来事としてふと思い出すのでしょうかね。

どうせみる一瞬の夢ならいい夢みたいし、私のみる夢は結局のところ私の気分次第。


…はい、戻ってまいりました。


というわけで、「所詮このブログは私のみている私の気分のゆめまぼろしです」という意味もタイトルにこそっと込めております。

そして、私のゆめを時々あなたのゆめのなかでみて楽しんでもらえたら愉快愉快。


ははは(^ ^)


一緒にいいゆめみてもらえますよう、コツコツ励みます。これからもどうぞよろしくお願いします。