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「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

桃の花

 


立春、旧暦元旦(春節)もすぎると、だんだんと春に向かっていく気配を感じ始めます。


私はお花がとても好きなんですが、


お花は、暦の節目毎の行事に欠かせない、季節の移り変わりを身近に感じることができるごくごく身近な自然ですよね~。


そして、冠婚葬祭、お祝い、お別れ、あらゆる人生の節目には欠かせないもの。

 

嬉しい時も悲しい時も、特別な時も普通の時も、人生のハレとケを彩るニュートラルな存在。いつも必ず寄り添っているもの。そして、咲いたら散る、枯れる、儚いもの。儚いからこそ美しい。

 

もし世界に花がなかったなら、なんて世界は殺風景なんだろうとさえ思います。

 

お正月には南天や千両や松、
水仙や葉牡丹。

春になる前は椿や梅。

雛祭りには桃の花。

やがて桜の季節が巡ってきて…

菜の花・ラナンキュラス・チューリップ・芍薬

端午の節句には花菖蒲。

母の日にはカーネーション

薔薇の季節がやってきて…

ブーゲンビレアクレマチス

梅雨は紫陽花。

七夕には笹の葉。

朝顔の蔓が伸びる頃…

お盆にはホオズキ。

向日葵が元気に咲いて…

竜胆・秋明菊彼岸花・吾亦紅。

重陽節句には菊の花。

中秋の名月にはススキ。

ケイトウフォックスフェイスハロウィーン

再び薔薇の季節が巡ってきて…

コットンツリー・クジャクヒバ・山帰来・ヒヤシンスでクリスマス。


あ~、書いてるだけで色んなお花が思い浮かびます~♪


最近じゃ、花や野菜や果物の季節感がなくなって周年みかける花が増えたとはいえ、こう書き連ねるとやっぱり季節を感じますね。特に日本には四季がありますから。やっぱり、お花は生活に欠かせないなぁ~。


2月をすぎたこの時期になると、3月3日の桃の節句にむけて、だんだんと桃の花をお花屋さんでみかけるようになりますね。


3月3日のお雛祭りはひと月後ですが!早い!


桃の花の花言葉がまたいいです。

「天下無敵」
「チャーミング」
「愛敬」

「あなたに夢中」

 


ちなみに桃の花はバラ科です。


桃の花といえば果物の「桃」を連想します。大好きなんですよね~。瑞々しくて美味しいです。夏の定番です。


以前、真夏に買い物帰り、駅前で托鉢中のお坊さんに買ったばかりの桃をひとつ暑そうだったからなんとな~く喜捨させていただいたら、家に帰ると桃が一箱どーーんと知り合いから送られてたというおもしろいことがありました。


特段、関連性はないんでしょうけど、なんだか帰ったら桃が味もグレードアップしておまけに倍以上に増えてて、マジックみたいで得した気分で楽しかったです。


いつも桃の花を見ると連想して思い出すエピソード。

 

そして、桃の花→桃→桃太郎→鬼ヶ島→鬼退治と、めくるめく連想ゲームがとまらなくなりますが(汗)

 

それから桃といえば、不老長寿、桃源郷って言葉も思い出したり。

 

桃を食べると不老長寿になれるという由来が昔あったとか。如何に人は、不老長寿を求めているか…ははは

 

あと、桃源郷ってなんだろうと改めて調べてみると、大抵が理想郷・ユートピアのことと書いてありましたが、「ユートピアとは似て非なるもの。ユートピアの崩壊後に姿を現わすもの」としている説もあって、私はなんとなくこの説にグッとくるものがありました。

 

「〜♪ 海の彼方にはもう探さない 輝くものはいつもここに わたしのなかにみつけられたから」千と千尋の神隠しの歌詞を桃源郷の説明に引用していて、なるほどなぁ〜と思ったり。

 

「そっか、桃源郷って自分の外の遠くじゃなく、いつも自分の中に常にあるのかぁ〜」と。

理想郷に向かって外に求めていった果て理想が崩壊した時、ホントは内側に桃源郷はあったんだねって気づくということか…

 

話がどんどん脱線しましたね(笑)

連想のまま書いてたらこんなことになってしまいました(汗)

 

ちなみに、千と千尋の神隠しの歌詞、改めて読んでみるとすごくいいですよ。

 

ちょっと早いけれど、桃の花でも飾ろうかしら。桃の季節はまだだけど、眺めてるだけで桃を味わってる気分になれるかもね~。

 

節分って本当は何だろ?って考えてみました。

 

 

「花は花。花の形を問うものなどいやしない…」(独り言)

 

早いもので、今日から2月!そして、そろそろ節分ですね~。


すっかり世間は恵方巻きとバレンタインデー商戦一色ですけどね…(^▽^;)


さて、節分といえば「鬼は~外!福は~内!」って豆撒いて年の数だけ豆食べてって感じくらいの行事でしか頭にないですけど、ホントはどーなんだろ?


Wikipediaでザックリ調べると…


季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための悪霊ばらい行事が執り行われる。
~中略~
豆(魔目)を鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い一年の無病息災を願うという意味合いがある。


とのことです。なるほど。。


節分って丁度、立春の前日。
そして、今年は1月28日が旧暦元旦。
なので、旧暦だと丁度今は新しい年が始まったばかり、季節の変わり目ともいえますよね。年末年始の邪気払いという訳か。


ところで、邪気=鬼だそうですが、そもそも払おうとする邪気=鬼ってなんなんでしょうかな?


そう考えてパッと思い浮かんだのが、積ん読状態になってた内田樹さんの『呪いの時代』

 

『すべては自らかけた
「呪い」から始まった。

他人を呪うことは、自らを呪うこと。「ほんとうの私」なんてどこをさがしてもいない。そろそろ、ありのままの自分を受け入れて、もっと自分を愛そう。そして、他者にも祝福の言葉を贈ってみよう。それが「呪い」を解く鍵なのだからーー』

 

…題名と帯文句がすごいですよね
( ̄◇ ̄;)


数年前、インパクトがあって今の時代を絶妙に言い当てられてる感じがして、面白そうだなと本屋さんで即買いした本。


斜め読みして積ん読状態だったんですが、なんか「呪い」って言葉と「鬼」って通じる気がしました。。


「呪い」っていうとオドロオドロしくて嫌な印象の言葉なので、「間違った思い込み」とか「手錠」って言葉に代えても良いかもしれませんね。


自分で自分に勝手にかけた「呪い=間違った思い込み=手錠」。


「私はどうせ○○だから、○○なんてできやしない、○○してはいけない(資格がない)」
…こういう感じでしょうかね。


で、そういう「呪い」的思考パターンって、大抵、罪悪感に由来していて。


自分への罪。そして罰。


でもね、そんなもの相当倫理観に背いた事じゃない限り、よっぽどじゃなきゃないようにも思ったり。自分で勝手に罪と罰の手錠かけちゃってるだけなんだ。


大抵、世間や他人のものさしで「良し悪し」を図って罪にしたり、罰にしたりしてるんじゃないだろうか。。


それを「正義」とか「正しさ」ってしてしまうと、自分の素直さが時に罪のように思えてしまうことがでてきてしまったり。


結局、本当の「正しさ」なんてないんだ。
「正しさ」じゃなくそれぞれの「素直さ」しかないんじゃないだろか。


理屈抜きに自分がいいなぁって感じたその感覚だけが紛れもなく自分にとっての真実なのだし、思うことそれ自体は罪ではないからすなわち罰もない。。


昔、ガリレオガリレイが天動説主流の世の中に「それでも地球は回ってる!」とどんなに糾弾されたとて地動説を唱え続けたように。


…ちょっと逸れましたが、「呪い」って、「自分の真実に目を瞑り、忘れたふりをし自分を騙すこと」なのかも。それは誰かに「呪い」をかけられるのではなく、知らず知らずの内に、自分で自分に勝手にかけたもので。


でも、自分で自分にかけたのだから、自分で解くこともできるのだと思うし、最後の最後は自分でしか解けないんだと思う。


それから「呪い」をかけられるのなら、「魔法」だってかけることもできるのかも。「魔法」=すなわち「良い思い込み=何処でもドア?(笑)」


でも、「呪い」に一度かかったからこそ「真実」に気づくって逆説もあるから、「呪い」が一概に悪いともいえない。。「魔法」が勘違いの「全能感」に結びついてしまうことだってある。。


ぐるぐる…(^▽^;)


なんだか小難しい話になっちゃいましたが、節分で払う邪気=鬼って、きっと、自分自身で自分にかけた「呪い」なんじゃないかなぁ~と思ったのでした。


で、「呪いよ、あっちいけー!」ってより、「本心に気づかせてくれてありがとー!」って払うのはどうかしら?
だって、その鬼はなんやかんやいっても今までの自分自身で、愛着や居心地の良かった鬼だったわけだし。ははは(^_^;)


鬼を払わない神社とか宗教もありますしね。

「コンチキショー!」でもまぁいいですけどね。スッキリするかもね(笑)


そんなわけで、節分前にこんなことを思ったわけでした。

球根

唐突ですが、私は球根がすきです。

なんか、かわいい。

ぽこっと丸くて。

手のひらにおさまるサイズも。

仲間みたいな、どんぐりとか木の実とか種とかお豆もすき。

つぶつぶ。丸いこたち。

やっぱり、かわいい。

 

あの小さな粒が土の中に植えられると、お水と光がお手伝いして、いつの間にか、にょきにょき成長して、粒から想像もできなかった不思議な形や美しい姿に見事に変身するのだもの。

 

なんとも愉快!

 

種自体はみんな同じような素朴なかたちだったりするのにね。

すごいな〜と思います。

 

あの小さな粒の中にたくさんの憧れやイメージや情報や計画がぎゅっと濃縮してはいっているのかな?

 

粒の見た夢。

 

その夢を、土や水や光の助けを借りて具現化する粒。

 

なんか、ロマン。

 

秋から冬は、たくさんの球根が出回ります。リコリス水仙・ヒヤシンス・アネモネラナンキュラス

 

そして、球根といえばやっぱりチューリップ。

 

チューリップは、寒くなる前に土に植えて、春の開花を待ちます。

 

球根は、春が来るまで、じっくりと、真っ暗な、ふかふかの土の中で、根をにょきにょき伸ばしながら、たくさんの栄養を蓄えて、ひたすらに暖かくなるのを待っています。

そして、時期がきたら、ポンッと青々とした芽を土の中からひょっこり出します。

 

きっと、球根は、芽を出すタイミングを知っているんだろね。

だから、安心して土の中で冬を過ごしてる。

 

そして、芽を出すと、、、

 

(球根の声)

あ、あったかい…

あ、あかるい…

あ、まぶしい…

あ、きもちいい…

 

のびのび

ぐんぐん

ぽんっ!

 

きっと、こんな感じで花を咲かせるんだろうな。ほっこり。

 

球根は、芽を出すこと、茎を伸ばすこと、咲くことをためらったりなどしないのでしょう。きっと、咲くことが花の定めだと、ミッションなのだと知っているからだね。

 

チューリップは、バラになりたいと思っても、チューリップとしてしか咲けないし、バラはチューリップになりたくてもバラとしてしか咲けません。

 

チューリップは春に咲くけれど、

バラは春と秋に咲きます。

 

春に咲く花

夏に咲く花

秋に咲く花

冬に咲く花

毎年咲く花

一年限りの花

数年に一度咲く花

 

色んな花があります。

全部が完璧なタイミングで、全部が違う花を咲かせます。

 

人も同じなんだろね。

 

いつ、

どこで、

どのタイミングで、

どんな花が咲くのか、

私たちは

本当は知ってるはずなのに、

全く知らないから、

 

だから、

 

いつ、

どこで、

どのタイミングで、

こんな花が咲けばいいのにと、

憧れて夢を見るのかもしれません。

 

バラがいい、

紫陽花がいい、

桜がいい、

百合になりたいと、

 

春に咲きたい、

夏に咲きたい、

一年中咲きたい、

毎年咲きたいと、

憧れたりするのかもしれません。

 

でも、バラじゃなくて、たんぽぽだったりするかもしれないし、紫陽花じゃなくて、向日葵だったりするかもしれません。

 

バラはバラでも、赤いバラじゃなく白いバラかもしれないし、つるバラじゃなく、ミニバラだったりするかもしれません。

 

好きか嫌いかはあるかもしれないけれど、どんなお花であっても、比べようもなく、どれも個性的で美しいことには変わりはありません。

 

そう考えると、人も、自分と誰かや、誰かと誰かを比べたりすることは、なんの意味も無いことに思えたりします。

 

だって、そもそもがみんな同じじゃないのだから。咲く花も時期も。

 

毎年咲く花もあれば、

一年に一度、たった1日だけ咲く花もあります。何年かに一度しか咲かないお花もあります。そこに優劣はありません。

 

だから、もし、どうしようもなく自分と誰かとを比べてしまって、自信をなくしたり、落ち込んでしまったり、腹を立てたり、羨んだりしたなら、そういう時は、みんなお花だと思えばいいかもしれませんね。

 

そしたら、自信をなくしたり、悲しくなったり、誰かに腹を立てたり、羨んだりすることは、なんの意味もないことなのだと、気持ちが和むかも。

 

土や水や光の助けを借りて、時に任せながら、それぞれのお花をそれぞれのタイミングで咲かせれば良いのでしょう。

 

なんて、一年で1番寒いこの冬、春に思いを馳せつつ、花になぞらえて思ったのでありました。

 

 

 

 

じゆーだ!

たとえ

一瞬の

夢だろーが、

幻だろーが、

仮初めだろーが、

私の世界は

全部

ホントーだ。

嘘も、

誤魔化しも、

逃げも、

隠れも、

したくない。

 

どんな環境でも、

どんな状況でも、

ホントーは

じゆーだし、

全部自分の心次第。

私は私だ。

 

遊べー!

楽しめー!

味わえー!

感じろー!

 

全方位

五感も第六感も

総動員だ!

 

それでよし。

これぞ平和。

 

 

置かれた場所で咲く

人がこの世を去る時、その命と引き換えに、どんなものにも代え難い素晴らしいプレゼントをこの世に残していく。

 

残された人が、その後を生きていくための”光”を必ず残して人はあの世へと旅立つ。

 

宮沢賢治さんの「永訣の朝」のように。

 

そして残された人は、その時は悲しみに飲み込まれて、その”光”のプレゼントの真の意味や祝福にはすぐには気づけない。

 

 けれど、時間が経てば経つほどに、その”光”にどれほどに支えられて生きてこられたか、そしてそれがどれほどに自分を大きく成長させたか、その意味や祝福にだんだんと気づかされて、本当の愛の深さを思い知る。

 

”死”とは人が最期にできる一番の贈り物なのかもしれない。

 

 

そして同じように、誰か著名な方が亡くなる時というのは、その方の思想や生き方が、広く世の中にクローズアップされる必要があるタイミングで旅立たれるように感じることが多々ある。

 

まるで、寿命を迎える星が超新星爆発するかの如く、その命と引き換えに、強烈な光を解き放ち、”新しい星”の種となる”愛”を惜しみなく周囲に振り撒きながら、最期に私たちに大きな大きなプレゼントを置いていって、そのお役割を果たし終えてから旅立ってくれるように思える。

 

新しい年を迎える直前の2016年大晦日、ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが12月30日に亡くなられたというニュースを知る。

 

なんとなく気になって、改めて渡辺和子さんの著書、ベストセラーの「置かれた場所で咲きなさい」、「幸せはあなたの心が決める」、「面倒だから、しよう」の3冊を早速購入して読む大晦日となった。

 

やはり、今だからこそ心に響く珠玉の言葉に溢れていて、年末年始の節目に手に取り読むことができてよかったなと思う。

 

 

一部ご紹介。

 

 

「人生にポッカリ開いた穴から、これまで見えなかったものが見えてくる。」「思わぬ不幸な出来事や失敗から、本当に大切なことに気づくことがある。」

 

「一生懸命はよいことだが、休息も必要。働くことは素晴らしい。しかし、仕事の奴隷になってはいけない。」

 

「いい出会いにするためには、自分が出会いを育てなければならない。」「出会っただけでは信頼関係は結べない。このご縁を大事にしようという気持ちを育てていこう。」

 

「生き急ぐよりも心にゆとりを。時間の使い方は、そのままいのちの使い方になる。」「待つことで、心にゆとりができると気付いた時、生きている現在は、より充実したものになる。」

 

「倒れても立ち上がり、歩き続けることが大切。時には立ち止まって休んでもいい。再び歩き出せるかが、目標達成の分かれ道。」

 

「人間の自由とは諸条件からの自由ではなく、それら諸条件に対して自分のあり方を決める自由なのだ。」

 

「愛は、決して相手を不自由にするものではありません。愛とは、相手をより自由にするものでこそあれ、縛り、殺すようなものであってはならないのです」

 

「ほかの人になる必要はない。また、ほかの人をあなたと同じだと思うのは大間違い。私たちの一人ひとりが、かけがえのない存在。人と比べて落ち込まなくていい。」

 

他にも心に響く言葉がたくさん。一部を抜粋。

 

 

そして、

 

「置かれた場所で咲きなさい。咲くということは、仕方ないとあきらめるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです。」「置かれた所こそが、今のあなたの居場所なのです」

 

 とくに、本のタイトルでもあるこの言葉が胸に響く。この言葉で思い出すのが、2016年象徴的だったSMAPの解散で再びヒットした「世界に一つだけの花」という曲。

 

2016年は個人的には、花を咲かせる以前の、暗い土中にてひたすら芽を出す前に根を張るような”形や成果がみえない”地道な一年だったように思う。土中で青空さえも見えず、早く土の中から出たいのに、このままもしかしたら青空さえも見ず、花さえも咲かずに終えてしまうのではないかと疑いたくなるようなジレンマの日々に、何度も心が折れそうにもなった。

けれど、周りの人に支えられながら、年の終わりには、栄養を蓄えて、ようやく土の中から芽を出せそうかな?という光を感じられた。

 

2017年、今年も周りの人たちへの感謝を忘れずご縁を大切にしながら、青空の元、風を感じながら自分の置かれた場所で地道に根を張りながら、私なりの花を咲かせられるような一年にしたい。

 

私には私でしか咲かせられない花がある。

 

それを楽しみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

一足早いクリスマスプレゼント

2016年も、早いもので残すところあと一週間となりましたね!

 

今週末は、老若男女お待ちかねの楽しい楽しいクリスマスですが(笑)、今日私は、一足お先に素晴らしいクリスマスプレゼントをいただきました〜。

 

ちょうど外国の美術大学の一学期を終えて年末年始に一時帰国したばかりの、かつての教え子と、ついに10年越しの再会を果たしたのです〜!!

 

やったぁ〜〜〜〜!!\( ˆoˆ )/

 

その教え子から、インターネットを通じて私のところに突然連絡が入ったのは、ちょうど約一年前。

 

かつて主宰していた絵画教室を閉めて、当時まだ小学生だった教え子たちとはまったくの音信不通になって約10年、まさかこんな形で、電波での再会を果たすことになるなど思ってもみなかったので、教え子からの突然の連絡には本当に驚いて、喜んだのですが、

あれから更に約一年後、ついに、本人と直接の再会を実現することができたのです!

 

すごぉ〜〜いっ!!!

 

こんなことって、実際におこるんだなぁぁ〜〜。

 

なんといいますか、ちょっと大袈裟ですけど、ホントに頑張って生きてきてよかったなぁ〜〜と、今日は思いました〜。

 

そのくらい、本当に嬉しかったのです!

 

 

10年ぶりに教室当時のコミュニケーションノート(交換絵日記)も持ってきてくれて、ちょー懐かしすぎて、思わず泣きそうになりました(笑)すごく綺麗に保管してくれてるんだもの!

 

しかも、10年前の私の描いた絵、自分で言うのもなんだけども、うまかった(笑)

 

そして、一番なにより嬉しかったのは、やっぱりかつての話よりも、成長した今の教え子に会えたこと。そして、今の教え子が学校の授業で描いたデッサンや絵をたくさん見せてくれたこと、今の話や、これからの夢や目標をたくさん聞かせてくれたことでした。

そして、かつて自分も同じように悩み、勉強してきたことを、こんな形でシェアすることができたのも嬉しいことでした。

 

しみじみ、こんな風にまた、違う形で教え子と関われる日がくるなんておもってもなかったので、有難いなぁ〜、自分はつくづく幸せ者だなぁ〜と、今日はしみじみと感じています。

 

2016年、締めくくりにこんなサプライズプレゼントが待っていようとは…(笑)

 

これだから、人生は面白い。

来年もきっと良い年になりそう(^^)

 

 

 

 

 

 

 

『邪魔になったサンタクロース』

 

*2015年12月 第四回目の「超ショートショート講座」で作った自作ショートショートです。


『邪魔になったサンタクロース』


作・わたし

 


時は2015年、師走。

年の瀬がせまる夜の街。

街路樹は煌びやかなイルミネーションに彩られ、街ゆく人々はあと数日にせまったクリスマスのプレゼントを探し求め、街中が賑わい華やいでいた。

そんな中、街の賑わいから少し離れた場所にある、人気のない小さな公園のベンチに、「ハァー」と大きなため息をつきながら1人うなだれる大男がいた。

その大男の名は「サンタクロース」。

そう、かの有名な「サンタクロース」である。

あと数日もすれば時の主人公、子ども達のヒーローになる、あの「サンタクロース」がナゼこんなところでため息などついているのだろうか?

そもそも、クロネコヤマト並みに繁忙期の最中であろうはずの彼に、そんな暇などないはずである。

ではナゼ?

答えは簡単だ。ため息をつけるほど彼は暇だったからであった。

 


「本当はサンタなどいやしない」
「サンタなんて、どうせ親でしょ?」


”サンタいない説”をカミングアウトする大人と、サンタの正体を知ってガッカリしてしまった子どもの間に、いつしかクリスマスは「おねだり」と「ご褒美」のギブアンドテイクの日になりかわってしまって以来、本家本元のサンタクロース達の仕事も年々激減していたのだった。。

世の風潮とは慎に怖ろしいものだ…

「このままではサンタJrも養えん…」

と、仲間達は次々と赤いスーツを脱ぎ捨て、白ひげを剃り落し、サンタ業を廃業し転職していった。

生活に困窮した仲間の中には、先祖代々受け継がれた大事なソリをオークションに出品し売ってしまうものもいた。
(ちなみに高値で競り落とされたようだ…)

長年連れ添った大切な相棒のトナカイさえも養えず、泣く泣く動物園に手放すものもいた。

それどころか、中には仲間に無断で”サンタマーク”や”サンタロゴデザイン”などを勝手に商標登録し、サンタグッズを販売したり、トナカイやソリのレンタル業を始めたり、金に目が眩んだ仲間達は次々とサンタを辞めてサンタビジネスに流れていったのだった。

「あいつも…そして、あいつも…
みんな変わってしまった…
きっとこのままじゃ、いつかワシも…
この自慢の白ひげを剃り落とすことになるかもしれん…」

サンタはそう、やるせなくポツリ呟くと、再び「ハァー」と大きなため息をついて、ただただうなだれるばかりであった。

 

「…あのー、おとなり空いてますか?」

サンタが慌てて顔を上げると、目の前に1人の女が立っていた。

見るからに仕事帰りであろう仏頂面したその女は、ひどくくたびれている様子だった。

「え、ええ!ど、どうぞどうぞ…」

慌ててサンタが返事をすると、仏頂面の女はぶっきら棒に会釈をし、サンタの真横にドスンッと腰を下ろしたかと思うと、「ハァー」と、大きなため息をひとつつき、自分の肩をトントン叩いたり、首をぐるぐる回しはじめたのだった。

その様子を見かねたサンタは思わず女に話しかけた。


サ「…あのー、ずいぶんとお疲れのご様子ですね…」

女「…ん?あ?ひょっとしてあたしに話しかけてんの?」

サ「はい…ずいぶんお疲れだなぁと…」

女「…そうなのよ。あたし、もうグッタリなの。…ほら年末でしょ?年末進行ってやつで、サンタ並みに忙しいの」

サ「…サンタ並みにですか…はぁ…
年末進行、何ですかそれ?」

女「…あぁ、あたしね、本作ってんの、本。この仕事ってね、特に年末忙しくって。…全然っ、終わんないから、もう今晩はさっさと帰ることにしたの」

サ「…はぁ…本ですか…それは大変ですなぁ」

女「…まぁーねー」

サ「でも、仕事が忙しいのはなによりじゃないですか?……うらやましいかぎりですよ…」

女「…まぁーねー。でもね、今の時代、本が売れないからさぁー、結構大変なんだよー」

サ「…はぁ…そうですか…それはそれで大変ですなぁ…」

女「…まぁーねー。あ、ところでおじさんは?ここでなにしてんの?」

サ「……」

女「…あ、もしかして聞いちゃマズかった?」

サ「…いや、マズくはないが」

女「……」

サ「……」

女「…それにしてもさぁ、おじさん、すっごいヒゲだよね。実はねあたし、さっきからずーっと気になってたの。遠くから、なんかベンチに暖かそうなヒゲのおじさんがいる~って、そのヒゲ超ー目立ってたから。ほらあたし疲れてるせいかおじさんが段々お布団にみえちゃって!気づいたら吸い寄せられるようにここに来ちゃってて。
…あ、ごめんなさい!あたし超失礼なこと言っちゃったね!」

サ「…いや、かまわんよかまわんよ」

女「それにしてもおじさん、そのヒゲ。ここまで伸ばすの大変だったでしょ?なんでそんなに伸ばしてるの?えっと、ファッション?趣味?願掛け?」

サ「…いや」

女「え?じゃあ、仕事でとか?」

サ「…まぁ、そういうことじゃ」

女「こんなヒゲがゆるされる仕事って、、なんだろう?だってそのヒゲ、カーネルおじさんの比じゃないもん。ってか、サンタ並みじゃん。あっははは~!」

サ「…まぁ、そういうことじゃ」

女「え?」

サ「…そういうことなんじゃ」

女「…え?なに?そういうことってどういうこと?」

サ「…サンタクロースなんじゃ」

女「…誰が?」

サ「…ワシがじゃ」

女「…おじさんが?」

サ「そうじゃ」

女「…本当に?」

サ「本当じゃ」

女「……えーーー!!うっそ~?!信じらんないーー!!ってか、サンタがこんなとこで油売ってて大丈夫なの?今超ー忙しい時じゃん!なに?もしかして仕事の合間の一服中に私サンタに遭遇しちゃった?え、私もしかして超ラッキー?」

サ「……」

女「あ、ごめん!大っきい声で!みんなにバレちゃうね!折角の一服中、ゆっくり休んでられないでしょ。ごめんごめん!…えっと、、、あ、私そろそろ行くね!おじさんゆっくり休んで!お互い年末進行で忙しいけど、頑張って山場のりこえて良い年迎えましょうね!」

サ「あ、い、いやっ!待ってくれ!大丈夫なんじゃっ!だから行かんでくれっ!」

女「…はい?」

サ「ぜ、全然、忙しくないんじゃっ!」

女「…え?」

サ「暇なんじゃっ!」

女「…サンタが?」

サ「…そうじゃ、サンタがじゃ。…暇すぎて困ってるんじゃ…
だから、まだ居てくれてもかまわないんじゃ…」

 

キツネにつままれたようにキョトンとする女に、サンタは自分の境遇について懇々と話して聞かせたのだった。

 

女「…そっかぁ~。今どきはサンタさんも大変なんだねー。」

サ「…そうなんじゃ…」

女「それじゃあ、お子さんや奥さん養うのも大変でしょ~?ソリとかトナカイの維持費なんかもかかるんじゃないの?」

サ「…そうじゃのぉ…」

女「そーだよねぇ…」


そう言うと、おもむろに女は立ち上がり、近くの自販機へ行き、缶コーヒーを両手に持って再びベンチに戻ってきて、サンタに一本缶コーヒーを手渡した。


女「飲まない?ずっと座りっぱなしで冷えちゃったでしょ?缶コーヒーだけどよかったら」

サ「ワシにか?…あぁ、すまない。ありがとう、いただくよ」

 

サンタは缶コーヒーを女から受け取ると、
しばらく両手で缶を大切に包み込むように握りしめ、手に伝わる温もりに安堵したのだった。サンタの横で女は、缶コーヒーをカシュッと音を立てて開けると、コクコクと飲みながら「あったまるね」と呟いた。

 


サ「…いつから、みんなは信じなくなったんじゃろぉ…」

女「え?サンタのこと?」

サ「…そうじゃ」

女「う~ん。そぉねぇ…サンタって姿形が見えないからかなぁ?」

サ「…見えないから?」

女「うん。あ、でも、見えないから逆に、”いて欲しい”って想像を膨らませて、信じようとするのかもしれないけど」

サ「……信じようとするか、、、
そりゃそうと、お前さんは想像じゃなく、ワシが本当にサンタだと信じてくれるかね?」

女「え?あたし?まーねー。そりゃ最初はね、おじさんがサンタだなんて、ウソじゃない?って一瞬、思ったけど。だって、サンタさんってプレゼントだけ届けて絶対姿は見せない存在で、絵の中の人だってずっと思ってたから。でも、そんな見事なヒゲみたことないし、話聞いてるとホントにサンタみたいだし。」

サ「…そうかい」

女「うん」

サ「…ところでよかったら、お前さんの小さい頃のサンタの思い出を聞かせてはくれまいか?」

女「え?あたしの?……うちはさ、クリスマスとかって初めから一切やらない家庭だったからなぁ。だからクリスマスにプレゼントなんて一度も貰ったことがなくって。お友達がサンタさんにプレゼント貰ったって嬉しそうに話すのを聞いて、子どもの頃はずっとみんなが羨ましかった。どうしてうちだけサンタさんは来ないんだろうって。」

サ「ふむ」

女「それでね、訳を親に聞いてみたら、サンタなんて知らん!って」

サ「うむ!」

女「だからかな、私ね、もしかしたら子どもの時よりも、大人になった今の方が、サンタはいないってわかってるのに、未だに心の何処かで、いて欲しいってずっと信じ続けてるの。信じてるっていうか、信じたいんだと思うんだけど。」

サ「…信じたい?」

女「うん。だって、信じなきゃ何も始まらないでしょ?なんでもそうだけど。…ホント、馬鹿みたいだけどね!いい大人が。今どき子どもだって、サンタを信じなくなってるのに。」

サ「いや、馬鹿じゃないさ。現に今、お前さんの目の前にワシがおるわけだし。」

女「あ!そーだね!まさかプレゼント届けてもらう前に本人に直接会っちゃうなんてね!すっごいよね!あははは!」

サ「ふぉふぉふぉ!」


女「…ふふふ、サンタさんやっと笑ったね」

サ「…お前さんもな」


2人は穏やかに微笑みながら缶コーヒーを飲んで、夜空を見上げた。星が煌めいていた。


女「…実はね、私、さっきまですっごく落ち込んでたの。仕事で大きなミスしちゃって。ホント自分はなにをやってんだろ?サイテーだって、自分を責めて、自分のことさえも信じられなくなるくらい落ち込んでたんだけど、サンタさんと話してたらね、なんか元気でてきた。ありがとね」

サ「いやぁ、お礼をいうのはワシの方じゃ。美味しいコーヒーまでご馳走になってしまって…」

女「ふふふ、サンタさんにプレゼントしちゃった。逆プレゼント。ふふふ」

サ「ふぉふぉふぉ!」

女「さぁてと!私、そろそろ行くね。やっぱりもう一回会社に戻ってもうひと頑張りしてくるわ!」

サ「ほう。そうかい」

女「うん」


そういうと、女はスックと立ち上がり両手を挙げて気持ち良さそうに空に向かってひと伸びした。


女「じゃあね、サンタさん!お互い大変だけど頑張ろうね!良いお年を!」

サ「あ、お前さん、ちょ、ちょっと待ってくれ!」


歩き出した女をサンタは慌てて立ち上がり引き止めた。


女「ん?どうしたの?」

サ「ワシとしたことが、すっかりお前さんの欲しいものを聞くのを忘れておった!お前さんは何か欲しいものはないかい?」

女「欲しいもの?」

サ「そうじゃよ、クリスマスプレゼントじゃよ」

女「あー!そっか、すっかりお願いするの忘れちゃってたわね!サンタさんに会って満足しちゃって!」

サ「まだ間に合う、ぜひともお前さんの欲しいものを教えてくれないか?」

女「…うーん、そうだなぁ。クリスマスは仕事で忙しいし、ぶっちゃけ来られても困るんだよねー。そーだなぁ、、、あ!それじゃあ、お手紙ちょうだい!」

サ「…手紙?」

女「そ、お手紙」

サ「…手紙、で、本当にいいのか?」

女「うん。いつでもいいから。できれば、サンタさんが元気かわかるような直筆のお手紙がいいな」

サ「…ほう」

女「ほらあたし、昔からクリスマス関係ないしでしょ?だから毎日クリスマスってことで。だからね、サンタさんが出せる時にお手紙書いて送って。そしたら私もお手紙送るから」

サ「なるほど。ではそうしよう!」

女「うん。じゃあ楽しみに待ってるね!」

 

こうして、女はサンタに別れを告げ会社に戻って行ったのだった。

サンタもベンチから立ち上がり、気持ち良さそうに空に向かって大きくひと伸びした。


「よし、ワシももうひと頑張りじゃな」

そう呟いて空を見上げると、星々が煌めいていた。

 


時は2016年、師走。

年の瀬が迫る夜の街。街路樹は煌びやかなイルミネーションに彩られ、街ゆく人々は
クリスマスのプレゼントを探し求め、街中が賑わい華やいでいた。


「今年のクリスマスプレゼントどうしようかなぁ~?」

「あらあなた、まだ考えてなかったの?」

「うん。困っててね。子ども達が喜ぶようないいアイデアない?」

「それなら、この本読んでみたら?今すっごく話題になってるんだよ」

「え?なんて本?」

「『現役サンタ直伝!みんなが喜ぶサプライズアイデア』って本。」

 

 


おしまい

 

 

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長い話になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。


サンタクロースがいるか、いないかって、この時期お決まりで話題に上がる話ですが。

子どもを持つ姉は、サンタさんがいないことをいつまで子どもに黙っていようか伝えるタイミングを考えながらも、ずっと”いるで通したいんだよね”とも言ってます。(笑)でも、そういいつつも「黙ってても子どももホントはわかってるんだけどね」とも言ってました(笑)


それでもあえて、大人も子どももサンタはいるんだと、互いにステキな嘘を”信じる”。私はそれってステキでいいんじゃないかなぁ~なんて思ったりします。


サンタはある種のメタファーみたいなもので、信じてみた時に、はじめて実在し、具現化するものなんだと思う。

だから先ずは「信じること」ありき。
信じなければ、そこにはなにもないのかなとも思います。

と、理想論かもしれませんが、そんなことを思いながら書いてみました。

最期は超現実的なラストになりましたが(笑)

 

それでは!みなさん。どうぞステキなクリスマスをお過ごしください!( ´ ▽ ` )ノ