「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

だから橋を架け続ける

最近、あらためて「コミュニケーション」について考える機会が立て続けにありました。そもそも、コミュニケーションってどーゆーことなのかって、根本的な初歩的なところをもう一回ちゃんとやっておきなさいよーって、まるで言われてるみたいな感じの出来事があったので備忘録としてちょっと書いておこうと思います。

 

コミュニケーションって、簡単にいうと、”私”と”あなた”との間でのやりとり・対話ですよね。キャッチボール。私がいて、あなたがいるから、あなたがいて、私がいるから成立する。私が一方的に発信していても、あなたが受け取らなければ成立しないし、逆に、私がなにも発信しなければ、あなたが受け取り返すこともできないわけで。どちらか一方だけでは成り立たないのがコミュニケーション。

 

そりゃそうだ(笑)

 

で、コミュニケーションをする上で、大切なことってやっぱり、双方が”素直であること”と”直接ハッキリと意思表示をすること”が大前提だよなぁと思ったわけです。

 

はい、もう一回、そりゃそうだ(笑)

 

不特定多数に向けて発信するのとは違うんですよ。一対一のやり取りなのだから。

 

でも案外、”素直であること”と”直接ハッキリ意思表示をすること”っていう当たり前のことができてないもので。(自分も含め)「ややこしくしたくない」「めんどくさい」という言葉で都合が悪くなると逃げてしまうことってありますよね。

 

どんな風かというと、必要以上に勝手に、①空気を読んだり、②遠慮したり、③建前だったり、④人に良く思われようとしたり、⑤自分にとって都合がいいように決めつけたり、⑥周りに(相手に)合わせすぎたり、我慢したり、⑦スルーしたり(無視)、こんな手口を使います(笑)

 

…あぁ、嫌な汗が沢山でてきますね(無意識に自分もやってるかもしれないので自戒もこめ。爆)

 

波風立てずに穏便に、仲良く、平和的にってたしかに大事なのだけれど、本心に反して、「ややこしくしたくない」「めんどくさい」からって①〜⑦のことをやり続けると、本当はもっと疲れますよね。。だって本心じゃないから。

とほほ。。

 

例えば、「嫌なものは嫌だ」とか、「自分はモーレツにあなたに腹たってんだ!」とか「悲しかった。傷つきました。」とか、一見相手に対してネガティヴに思えるような意思表示をハッキリ直接することって、その時は相手に嫌われるかもしれないし、傷つけるかもしれないし、嫌な気分にさせるかもしれないから、なかなか勇気がいることだけれど、時にはこれが一番傷が浅く平和的手段になることもありますよね。そうすることで誤解がとけてスッキリかえって仲直りすることだってあるかもしれない。(スッパリ引きずらなければ)

 

一方で、「嬉しかった」「好きです」などという相手に対してのポジティブな意思表示も、照れずに素直にすることも大事ですよね。恥ずかしいとか、言わなくたってわかるだろとか、察しろなんて表現しなかったら、それは心の中で思っていても相手に伝わらなかったら「ない」と同じことのようにも思います。

 

相手に発した言葉を受け止めてもらえないこと程、不安な事はないのです。

 

反応するんじゃなく、応答。

 

ネガティヴであれ、ポジティブであれ、ハッキリ素直に直接意思表示するというのは、相手に対しての愛と信頼がなければできないものね。(そもそも愛と信頼がなければ無視するだろう…どーでもよい人に対しては。愛の反対語は無関心)

 

日本では特に、「場に合わせる」とか「空気を読む」とか「察する」とかって文化的なコミュニケーションが染み付いているので、なかなか素直な気持ちをハッキリ直接伝えるコミュニケーション術を回避してしまう傾向にあるかもしれないけれど、(それが悪い訳ではないのですよ)最近、やっぱり私はエスパーじゃないし、空気には文字は書かれてないから読めないし(汗)、それがもしできるなら、人間、五感を持ってる意味ないし、文字も言葉もそもそもいらないんじゃないかって思うのであります…(^_^;)

 

だから、やっぱり、どんな時でも誰に対しても、直接一人一人に素直な意思表示のコミュニケーションを心がけたいなぁと思ったのでありました。なんといってもそれが双方一番楽だしねぇ。

 

それから、コミュニケーションのキャッチボールが、対等じゃないパターンもありますよね。

 

相手を自分の都合のいいように思い通りにしようとして、ダブルバインドして有無を言わさなかったり、相手をコントロールするようなやりとりは、ただの支配関係であり対等ではないから、最早、コミュニケーションとは言えなかったり。コントロールする側は、常に自分が有利でいたい、単に相手の同意を得て自尊心を保ちたいだけなのかも…それは信頼関係からは程遠く。

 

コミュニケーションの基本はどんな相手であっても対等であり、尊敬の念を忘れない事だと思うのです。

 

人間関係は、色々な側面があるものですねぇ…しみじみ。

 

さて、最後に、コミュニケーションについて考えた時にキョーレツに思い出したのが、昔、BL漫画好きな姉(爆)に勧められて読んだ、水城せとなさんの『窮鼠はチーズの夢を見る』と続編の『俎上の鯉は二度跳ねる』というBL漫画です。

 

えっと、雑食な姉と違い、普段BL漫画に興味ない私ですが、この作品はかなり好きです。BL漫画なので、恭一と今ケ瀬という男二人が主人公の恋愛漫画なのですが、この二人のやりとりが本当に凄いのです。もう、徹底的な痴話喧嘩(笑)弱さもカッコ悪さも愚かさも全部見せ合いながら、ぶつかりまくりながらも、ずっと互いに向き合い続けていく。

 

そして、最後の場面での恭一のセリフ

 

『 愛の言葉は難しいよ。

お前にはきっと俺の気持ちは永遠に伝わらないだろう。

隘路はお前だ。そして、俺だ。

この溝は永遠に埋まらない。

だから橋を架け続ける。濁流に流されたら、また、架け直す』

 

このセリフには考えさせられるものがありますね。

 

家族であっても、恋人であっても、友達であっても、どんなに大切な好きな人であっても、人間は全員が1人として同じ人などいないし、違うからこそ、絶対に共有できない、埋めることのできない部分”溝”はあって。

 

無理に誰とでも共有共感なんてする必要はないし、みんなに求める必要はないけれど、1人1人みんな違うから、絶対的な溝、境界線があるからこそ、繋がること、橋を掛けようとすることが大事なんだと思うのです。

 

そして、橋を掛け続けようと意志することは愛なのだろうなぁと。

 

まぁ、できればあまり喧嘩せず、初めから穏やかな心地よい関係性が一番ではありますけど、そもそも穏やかな関係性、平和とは、誰かの我慢や犠牲、遠慮で成り立たせるものではないと思うのです。

誰1人我慢や遠慮をせずに、素直でいることは、時に意見の対立をすることもあるかもしれません。けれど、互いの立場考え方の違い、思いを互いに向けてちゃんと表現をしなければ、真の意味で相互理解して平和にすることなどできないのです。

 

だからこそ、遠慮せず、腹を割り素直に表現することがとても大切なのです。

そして、素直に思いを表現することは互いに対しての感謝であり愛でありリスペクトでもあると思うのです。

 

コミュニケーションとは、そういうものだと思います。

 

脱線しましたが、真のコミュニケーションについてなかなか考えさせられる作品の一つです。ご興味ある方は、是非ともご一読おススメですよ。

 

そんな訳で、長々とコミュニケーションについてしみじみ思ったことを自戒も込めつつ書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくらが旅に出る理由

 

今日は素晴らしい秋晴れ!お天気がいいせいか、空気が凛として空はスキッと澄んでいて、光の透明度が増してるかんじがしてとても清々しい。


そんな秋の透明な空を感じたからか、最近、小沢健二さんについての話題をたまたま目にしたからなのか、大好きな小沢健二さんの『ぼくらが旅に出る理由』という曲を急に思い出しました!


小沢健二さん、懐かしい~~!(≧∇≦)


しかも同じ誕生日!(年は違いますよ…汗)


昔、オリーブ少女でしたから(笑)
渋谷系の方々の曲を愛聴しておりました(^ ^)


フリッパーズギター
コーネリアス(小山田圭吾)
小沢健二
ピチカートファイブ


あぁ、懐かしい~!

 

で、久々に聴いてみたのですが、、、


あらためて聴くとすっごくいい!

 


♪~遠くまで旅する恋人に

あふれる幸せを祈るよ

ぼくらの住むこの世界では

太陽がいつものぼり

喜びと悲しみが時に訪ねる

♪~遠くから届く宇宙の光

街中でつづいてく暮らし

ぼくらの住むこの世界では

旅に出る理由があり

誰もみな手を振っては

しばし別れる


(一部だけ歌詞抜粋しました)

 

オリーブ少女時代に聞いたこの曲、当時は恋人同士の心情の歌詞のステキな曲にしかきこえなかったのですが、今はこの歌詞のシチュエーションが恋人同士の心情だけじゃない色んな風に思えるから自分も年を重ねたものだとしみじみ思う…(笑)

 

「旅に出る恋人」が色んな人に置き換えられて。


例えば、


昔仲良かった友達、


昔住んでいた街の人たち、


昔の職場の人たち、


今まで色んなところですごくお世話になった色んな人たち、、、


もう疎遠になってしまった、今までに出会った自分にとってのかけがえのない人たち。


それから、もう二度と会えない、この世を卒業して先にあの世に”旅立ってしまった”大切な人たち。

 

♪~こんなに遠く離れていると愛はまたふかまってくのと

 

まるで、親元を離れて独り立ちする子供が離れて知る親心のような歌詞だな…


そうなんですよね。


生きてる時よりも、年々不思議と、良いところばかりしか思い出せなくなって、どんどんその人への愛に不純物がなくなってく。


まるで降り注ぐ太陽の光とか、高く澄んだ青空とか、ふわりと包みこむ風みたいになってく。


軽やかに自分を包む当たり前の愛になっちゃっただけなんだ。


当たり前だからこそ、愛が深いんだ。


当たり前すぎて、時々忘れちゃったように失ってしまったようにおもうけど、それは忘れたわけでも失ったわけじゃない。


一体化しちゃっただけなんだ。


だって、いつだって太陽の光とか青空とか風とか空気のように欠かすことなく側に離れずに”在る”ものだから。


ずっと愛されている。


それがホントに”生きる”=”to be”なのかもしれないなぁ。だからすごく遠くて一番近くに”旅立った”だけなんだと思う。


そして、会いたいと思えばいつでも会えるんだ。心の中で。


愛犬あーちゃん!笑

 

これから季節が移り変わっていくにつれて、学校に進学したり、就職したり、人事異動があったり、親元を離れ独り立ちしたり、誰かを見送ったりと、人それぞれ出会いと別れの変化を経験する季節になりますが、そんな時、なんとなく、この曲を色んな人に聴いてもらいたいなぁ~~。


そして、今日もどこかで、誰かが誰かのためにあふれる幸せを祈ってるんだろなぁ~って、ちょこっとだけ想いを馳せてみて欲しい。


今日も誰かのあふれる幸せをただ祈る。

 

「君に幸あれ!」


\(^_^)/

”死への抵抗”から”死の受容”へ、そして”今を生きる” 私的 ボルタンスキー考 その2

(この文章は2016年11月1日に書いたものです。)

 

春から始まったボルタンスキー作品を巡る、巡礼の旅の締めくくりとして、秋の巡礼の旅の地”豊島”に、再び訪れました。

 

春季と同様、自転車にて、風を感じながらの自然豊かな島巡りを満喫しました。

 

秋の豊島は、春を彩っていた景色とはまったく違う美しさで、再び私を迎え入れてくれました。

 

ちょうど稲の収穫時期なのか、首を垂れた稲穂がたわわに実り、段々畑は一面、黄金色に彩られ、海と空の青色とのコントラストがとても美しく、島内のいたる所に、ピンク色の秋桜、黄色いセイタカアワダチソウ、銀色のススキが咲き乱れ、木々はオレンジ色のみかんや柿がたくさん実をつけていました。

四季の移ろうその光景は、まさしく島の名前そのままに豊かなものでした。

 

早速、ボルタンスキーの新作の「ささやきの森」へ。

 

自転車を駐輪場に停めて、山道を20分程歩いて登っていった、緑深い森の中に作品がありました。辿り着く前に、すでに、チリンチリンと風鈴の音が森の中のどこからか聞こえてきて、誘われるように辿り着きました。

 

薄暗い森の中に、無数の風鈴が、透明の短冊をつけて、風に揺れて、チリンチリンと心地よい音色を奏で、時折、木漏れ日が透明の短冊を照らし、揺れる度に光が反射する様子がとても心地よく、木の長椅子に腰掛けて眺めたり、風鈴の森の中を歩いたりしながら、長い時間をすごしました。

 

ボルタンスキーが新作について語っていたように、とても心が穏やかになるような空間でした。

 

この作品には、希望すれば、大切な人の名前を(亡くなった方、生きている方どちらでも)風鈴の短冊に残すことができ、この作品も「心臓音のアーカイブ」同様に、鑑賞者が参加し続けるかぎり未完成の、終わりのない作品のようです。

 

この作品には、「死」や「消滅」という言葉につきまとう不穏さや、喪失感、寂しさはあまり感じず、どちらかというと、残り香のように漂いながら、暖かく何かが包み込んでいるような、柔らかい優しい空気を感じました。不思議です。

 

鳥や虫の鳴き声、循環する森の緑、空間すべてが生き物の息吹に満ちているからかもしれませんが、ここでは、見えるもの見えないものが、ただ、一緒に”在る”ことの心地よさしか感じられませんでした。ボルタンスキーが「愛の森」と言ったのも、なんとなくわかる気がします。

 

そして、その後に、海辺にあるボルタンスキー作品の「心臓音のアーカイブ」へ。春、アーカイブした、自分の心臓の音を再び聞いて来ました。

 

春の私の心臓の音は、とても一生懸命に、力強く脈打っていました。

 

2度目でも、やっぱり感動しました。

自分の心臓の音に、鼓動の力強さに感動していました。

生きているということは、こんなにも力強いことなんだという、ただ、当たり前のことに、また感動していました。

 

だけれど、「”春の私”はもう存在していないんだなぁ」と思いながら、まるで他人の鼓動を聴くように”過去”の自分の心臓の音を聞きながら感動している自分もいました。

 

かつて”居た”自分と”失われた”自分の両方を感じていました。

 

この、心臓の音の主が、生きていても(身体があっても)、死んでいても(身体がなくても)、心臓の音を聞いて感じる想いは、もしかしたら、同じなんじゃないだろうか?とも思いました。

 

春、存在した私と、今、存在する私は同じだけど違うし、今の瞬間の私は次の瞬間にはあっという間に消えてなくなります。でも、確かに”存在”していました。例え、今、心臓の音をアーカイブしたとしても、もうアーカイブしたその瞬間の私は”今”存在しないのです。

 

結局、どんなに、生きている瞬間を物理的にとどめておこうとしてもイタチごっこで、物理的な”死”からは決して逃れられないし、物理的に時を止めることもできないのだなと思いました。そして、今の瞬間にしか、身体を持った私たちは存在することができないのだなと。

 

物理的に生きていることをとどめておく行為そのものが、まるで”死への抵抗”のように感じられたのかもしれません。

 

結局、死は誰にもとめられないし、みんな、生まれた瞬間からすでにゆっくりと死に向かっているのです。毎秒、死んで生まれているのです。

 

そして、死は、いつも、誰にとっても予測不可能で、突然なのです。

 

死因が、病気であれ、事故であれ災害であれ、たとえ余命宣告があり、心づもりがあったとしても、やはりそれは、いつも、誰にとっても、等しく、突然、訪れるものです。

 

自ら命を絶たない限り、「何時何分に死ぬ」と、予定が決まっているわけではないし、誰も命の期限をコントロールなどできないのです。

 

例えば、自分にとって大切な人の死に際、呼吸がだんだんと浅くなり、やがて心臓の鼓動が止まり、身体からはぬくもりが消えて冷たくなり、どんなに声をかけても目を覚まさず、動かず、話もできなくなって、「あぁ、もうこの身体には”命”がいなくなってしまったのだ、魂は飛び立ってしまったのだ」と”個体の死”を否応無く実感しなければいけない瞬間が訪れます。

 

亡骸は荼毘にふされ、骨になり、身体もこの世からなくなり、戸籍は除籍となり、死亡と記載され、その人の社会的なつながりともいえる証明が次々と消えていきます。

 

けれど、生きている人の日常は、変わることなく等しく流れ続けます。

 

そして、時折、受取手の居なくなった便りが不意打ちのように届いたり、その人が死んだという事実を思い出す出来事が起きる度に、”不在”を思い知らされたり、まだ”存在”を未練がましく願ったりするのです。そしてまた、そんな気持ちとは関係なく、変わらない日常がただ淡々と等しく流れ続けるのです。けれど、波が寄せては返すように何度もそれを繰り返しているうちに、不思議なことに、時とともに、だんだんとその波が穏やかになっていくのです。

 

そうしながら、自然と「死への抵抗」をあきらめ「死の受容」へと変容していっている自分を、ある日、見つけるのです。

 

そして、やがて気づくのです。

初めからすべてが「存在」しているだけなのだと。

 

生まれて以降、「時」は「死」へと向かい淡々と等しく流れ続けていくけれど、大切な人の「死」の悲しみや寂しさやショックを癒し、救うのもまた、淡々と等しく流れ続けていく「時」だけなのでしょうか。

 

不思議なものです。

 

きっと、「ささやきの森」には、そんな、時間の流れに似たものを感じたのかもしれません。もしくは、自分がそのような心境であったからこそ、そう感じたのかもしれません。死と再生を同時に繰り返しながら、移ろいゆく豊かな自然は、死も生も時間もただ、同時に、そこにあるだけでした。

 

 そして、東京都庭園美術館の個展の際に、ボルタンスキー自身がインタビュー映像でとても印象的なことを語っていたことを思い出していました。

 

私たちの身体は、鼻は祖父、目は祖母、口は父、耳は母、といったように、もう今では名前さえも忘れ去られた、かつて存在していた先祖の遠い記憶の寄せ集めでできていて、遥か彼方、気の遠くなるほど長い年月の記憶の集大成として存在しているというような内容だったのですが、それは、私たち自身が、かつて存在し、消滅したあらゆるものの記憶そのものでもあり、同時に今、存在しているあらゆるものでもあるということなのだろうなと思いました。

 

そして、それはすごいことだなと思いました。気が遠くなるほどのすごい道のりの果てに、今、私という、あなたという形が現れたのだから。それは、本当は奇跡みたいなことなのかもしれません。

 

そう考えた時に、心からの感謝にあふれて、私の中にすべてがあるのだから、遠慮なく、今を精一杯生きていきたいと素直に思えたのでした。

 

 

「大事なのは、鑑賞者自身が作品の中で役を演じ、鑑賞者自身が作品の一部になること」と、ボルタンスキーが語っていましたが、知らず知らずのうちに、私もまんまとボルタンスキー作品の一部として作品の中に迷い込み、自分の物語を作り上げていたようです。

そして、ボルタンスキー作品巡礼の旅は、一先ず、今回で一区切りできそうです。

 

そんなわけで、瀬戸内国際芸術祭も、残すところ後一週間で終わりを告げますが、私にとっては、ほんとうに素晴らしい旅となりました。こんなにもゆっくり一人旅をしたのは何年ぶりだろう?

 

また3年後、今回島で出会ってお世話になった方々に会いに行けるといいな。

 

最後に。

今回の豊島巡りでの誤算は、電動自転車が借りられなかったことだったのですが、ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」を見終えた帰り道、アップダウンの激しい心臓破りの山道を必死に自力で自転車で登っている最中、ふと、今の破裂しそうなくらいにバクバクいってる心臓音こそをアーカイブできたら面白いのにな、でも、絶対にこの音はアーカイブできないんだろねと、ニヤケながら馬鹿なことを考えていた私は、その瞬間、すでに、”巡礼”が終えてしまったことを自覚したのでありました。

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”死への抵抗”から”死の受容”へ、そして”今を生きる” 私的ボルタンスキー考 その1

 (この文章は2016年10月28日に書いたものです。)

 

今年は、瀬戸内国際芸術祭の春季で、ボルタンスキー作品の「心臓音のアーカイブ」に出会って以来、秋分の日から始まった東京都庭園美術館での個展へも足を運ぶことになり、知らず知らずのうちに、何故か、ボルタンスキー作品に導かれてしまっている私ですが、いよいよもって2016年はまさに私にとって「ボルタンスキー・イヤー」と呼べるものになりつつあります。

 

と、いうのも、再度今秋、瀬戸芸夏季から発表された新作の「ささやきの森」へと訪れる予定だからです。

 

なので、先日の東京都庭園美術館での個展は、私にとって、春の”巡礼”から秋の”巡礼”への予告編となり、あらためて、私自身を再度、ボルタンスキー作品”巡礼”の旅へと導く面白い機会となったようです。

 

図らずも、春から始まってしまった、そんな私のボルタンスキー作品巡礼の旅は、一体全体、どこに向かってどう着地することやら、、、

 

せっかくなので、ボルタンスキー作品と共に変容していく自分自身の心境の記録を、ボルタンスキーにちなみ、「アーカイブ」として、書き綴っておこうと思います。

 

 

ボルタンスキーといえば、匿名の個人・集団の生と死、存在と消滅、そして記憶という一貫したテーマで作品を作り続けているフランス人アーティストですが、よくよく思い返してみれば、私が初めてボルタンスキーを知ったのは、今から約20年くらい前。渋谷ユーロスペースにて上映されていたアートドキュメンタリー映画祭にて「ボルタンスキーを探して」というドキュメンタリーフィルムを見たのがきっかけでした。

 

その当時、暇さえあれば映画ばかりみていた私は、渋谷ユーロスペースとかシネマライズ渋谷とか単館系のミニシアターが好きで、よく通っていたのですが、たまたま予告編で流れたアートドキュメンタリーというジャンルがとても面白く、さっそく興味津々に見に行ったのです。

 

その中でも、「死の気配」がただようボルタンスキーについてのドキュメンタリーは、大量に集められた写真や古着を用いた作品が、なんとも言い難い不気味さを放っていて、当時の私は得体の知れない怖さを作品に覚えたのですが、「アートとはこういう表現で問題提起ができるものなのだなぁ」と、興味がなかったインスタレーションに興味を持ちはじめたのもその時のボルタンスキーがきっかけだったように思います。

 

以来、ボルタンスキーは、いつの間にか私の心の中にこっそりと住み続け、そして2016年、突然、目を覚ますように、ひょっこりと再び、私の目の前に姿を現わしてくれたようです。

 

ちなみに、”脱け殻”のような大量の古着を集めたボルタンスキー作品をみると、同じ頃にたまたま見た、セルジュ・ゲーンズブールの「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」という映画を思い浮かべてしまうのだから、記憶の回路というのは不思議なものです。

 

この映画の中に、大量の古着の山の上で、ゲイのカップルが仲睦まじく会話しているシーンがあるのですが、ボルタンスキーの古着の作品とそのシーンが、何故か私の中で結びついてしまったようです。ちなみに、映画の中の古着の山は、まるで欲望を纏って着捨てた、行き場を失った肉の塊のように感じられました。

 

僧侶のような穏やかなただずまいで、祈りの場のような芸術作品を作るボルタンスキーと、欲望のまま、酒とタバコと女に溺れ、大衆作品を作った不良オヤジのゲーンズブールは、まるで正反対の存在のようですが、私の中では両者が「聖と俗」「死と生」の補完関係として、何故か融合してしまったのだから、人の記憶というのは面白いものです。

 

もし、両者に共通点を見いだすとしたら、2人ともユダヤ系フランス人であり、メタファーを用いた作品を通して、いつも全体主義的なものが押しつける正しさへの強い抵抗とか反骨精神みたいなものを表現しているところかもしれません。

 

一方は、過剰な死の表現のレクイエムとして、そして、一方は、過剰な生の表現のシャンソンとして。

 

そんなわけで、どうやら私にとってボルタンスキーの作品は「聖なるもの」と認識している記憶が元々あるようで、ボルタンスキー作品を体験することは、まさに”巡礼”という表現がしっくりくるようです。

 

たしかに、四国八十八ヶ所霊場のお遍路の地でもある香川県の、豊島まで、わざわざ作品を見るために訪れなければいけないこと自体が、まるで作品にたどり着くまでの道のりそのものがお遍路のようでもあります。

 

そして、深く「死」を見つめ、「生」を取り戻していく装置としての場というところもまた、よく似ているようにも思えます。

 

では、お遍路とボルタンスキー作品巡礼の違いは、宗教と芸術の違いはなんであるのでしょうか?

 

ボルタンスキー自身がインタビューで次のように語っています。

 

 「私の作る作品は、形としては宗教的な場所や儀式のコピーだが、美術作品はそもそも儀式的宗教的な形式なのではないか。芸術と宗教は大いに関係がある。美術館は今の時代の新しい教会だ。でも、宗教との違いは”答えを求めない”ということで、それが重要なのだ」

 

「自分は”答えのない”問いを投げかけ続けることによって作品を作っているけれど、宗教はそこに常に答えを用意している。」

 

そして、「心臓音のアーカイブ」と「ささやきの森」は「神とつながるのではなく人とつながるための作品」だそうです。

 

芸術作品の問いかけの答えは、鑑賞する人、一人一人違うものであり、その問いをどう捉え、感じ、一人一人がその答えを見つけ出すことにこそ、意味があるということなのですね。作品とは受け取る鑑賞者がいてこそ真実完成するもの。

 

ボルタンスキーが全体主義的なものを拒否し、一人一人の存在を大切にするように。

 

余談ですが、「美術館は新しい教会である」というボルタンスキーの言葉で、以前、参加したWSでの「美術館は墓場か?テーマパークか?」という問いかけを思い出しました。

 

もしかしたら、美術館とは「墓場」「教会」「テーマパーク」が三位一体となった場所のようなもの?そう考えるとなんとなくしっくりくるのは、私だけでしょうか…

 

そして、芸術祭とは「祭り」と書くように、「マツリゴト」でもあり、ある種、「変容のためのセレモニーが執り行われる場、空間、もしくは、装置」ともいえるのかもしれません。

 

それは、ある一定期間のみ夢のように立ち現れて、祭が終わると共に跡形もなく消えて無くなる、ケガレをミソグ、ハレのセレモニー。

 

そして私たちはケの世界に再び戻っていくのでしょう。

 

 

 

 

続きを後日その2に書きたいと思います。

 

 

 

 

(その2に、つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海と溶け合う太陽

私の中には2人の自分がいる。


愚かしいほどに、
感情に溺れる自分



恐ろしいほどに、
無情に観る自分

 

優劣もなくどちらも同じ自分。

 

感情の海に溺れて苦しくなれば、そんな自分を高く空を飛ぶ鳥になってただ見つめる。


鳥になると楽だ。

視界がパッと開けて感情の霧が晴れていってしまうから。


でも、そのうち何処までも果てしなく広がっていく空に、たった1人きりだと気づいて、怖くなって、ハッとして、慌てて自分の境界線を覆う毛布を脱ぎ捨てて、そしてまた、性懲りもなく感情の海に潜りたくなってくるんだ。

 

感情の海は心地がいい。自分と誰かの境界線が溶けあって、混じり合って、なくなって、自分という形が溶けて消えて霧散していく時1人きりじゃないと安心する。

 

 

海でも空でも、果てしなさは心地が良いけど、続きすぎると段々とストップモーションの世界のように益々自分の身体に自分が閉じ込められている感覚に戻るのは何故なんだろ?


どうして感情ってあるのかな?


もし、人間に感情がなくなったらきっとラクだろうね。起こる出来事にただ淡々と出会って行くだけだからきっと機械みたいになっていくんだろな。

だから、大波も小波もないまま凪のまま終えていく世界。心の波が立たない世界はきっと、まるで最初から時間が止まってて、永遠に閉じ込められてる世界。


そしたら、きっと、誰かと一緒に生きる意味もなくなってゆくだろね。何にも感じないから。


そんなの、やっぱりつまらないな。


だから、生きるには物語が必要なんだろね。感度という道標を頼りに、感情って海に溺れずに感情って波を乗りこなす物語。

 

空を飛ぶ自分と、海の上を波乗りする自分を結ぶ地上の物語。


ここまで書いて、昔みたゴダールの映画「気狂いピエロ」のラストシーンを思い出した。

 

10代にみたせいか、映画の内容は朧げに忘れてしまったけど、ラストシーンのランボーの詩「永遠」と一面に広がる空と海の境界線だけは強烈に覚えている。

それだけで私には十分だった。

 

 

『永遠』

「またみつかった」
「なにが?」
「永遠が。海と溶け合う太陽が」

 

 

 

 

 

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あきちゃった天使

(以前作ったショートショートです)

 

 

なんかさぁー、


あきちゃったんだよね、天使。


まず、羽。


飛ぶのがさ、けっこう重いわけよ。


飛んでばかりいるせいか、


足が退化しちゃってねぇ。


足腰きたえないと


寝たきりになっちゃう。


まぁ、なかなか年もとらないから


介護される日も何万年も先だから


悩むこともないんだけど。


羽、肩凝るのよ!


次はファッションね。


いつもスケスケの白い布とか


葉っぱ一枚だったり


ヘタすりゃ素っ裸でしょ?


たまにはオシャレしたいわけよ。


あ、でも近頃の映画でみる仲間は


スーツ姿だったり


割りとフォーマルスタイルよね。


でも白か黒ばかりでしょ。


真っ赤な着物の天使がいたって


いいわよね!


ところで天使って、寿命長いし


なかなかやめられないでしょ?


だから、仕方ないから代わりに


人間にイタズラすることにしたの。


やめたいことがあるのに


やめられないって人を見つけては、


耳元にこう囁くの。


「やめちゃえ~やめちゃえ~」って。


ただそれだけなんだけど。


そうやって、いつも


暇つぶししてるんだよ。


で、そうこうしてたら、


気づいた時にはこう呼ばれてたの。


「悪魔」ってね!

 

 

 

おしまい

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自立

ダブルバインドの連鎖

ピラミッド型社会

力の奪い合い

不信感と不安感

そういうのなんかしんどいね。


正義感からの怒りのエネルギーは

パワーは強いけど

最後には

自分にも毒がまわって、

自分も焼き尽くしてしまうね。

もう

そういう原動力は

卒業したいな。


だからって、愛が強すぎるのも

自立しようとする子供の手足を削いで

芽を摘み、溺れさせ

子宮にもどしてしまうくらい毒がある。

「呑み込む太母」にもなりたくない。

 

自立する

通過儀礼の痛みは

回避せず

味わう

それが

自然。


自然は

かんたんに

思い通りになんて

なかなかならない。

だからこそ

面白い。

 

結局、自他を信じる

それしかないのかな。

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