「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

グリーフという表現

先日、母の新盆の法事を執り行った。

 

久々に三姉妹が我が家に揃い、法事後はお供えにそれぞれが持ち寄った手料理を分け合って、のんびりと話をしたり食べたりしながら家族水入らずの1日を過ごした。

 

何気に姉たちと母のことを話しながら、よくよく考えてみると、母の死からまだ一年も経っていないことにハッとした。

 

姉曰く、去年の今頃は母が骨粗鬆症で2度目の入院騒ぎでみんなでとてもバタバタしていたと。

 

それを聞いて、一年前のことさえも忘れてしまう程、母の死の前から今日まであまりにも日々が目一杯だったのだなと自覚させられた。

 

そして、6月に参加したグリーフケアについての講演会で聞いた内容を思い出す。

 

大切な人の死を経験した後にグリーフの症状として、やる気をなくしたり、ものごとを忘れやすくなったり、何かをする時の段取りをつけられなくなったりするそうだ。

 

実のところ、私自身も長期間そういう状態が続いていた。つい最近、自身のケアを最優先させるために離職をする決断に至り、お陰様で休む時間を得て、少しずつゆっくり回復しつつある。

 

人の死後はやる事が多い。

ありとあらゆる手続きと日常が押し寄せて、悲しみに浸るゆとりさえないのが実情だ。家の事、家族の事、職場の事、仕事の事、あらゆる事にがんじがらめにされて、日々は心を置き去りにしていく。

 

けれど、悲しみは日常に掻き消されてなくなったわけではない。表現され解放されるまで心の奥底に沈殿しているだけなのだ。

 

悲しみを素直に表現できない人は、その代わりに何もやる気にならなくなったり、別の形で表現をせざるを得なくなる。気づき解放されるまで。

 

そして、最近腑に落ちた事は、認知症になってしまった母のこと。もしかしたら母にとって、父の死後のグリーフの表現が認知症だったのでは?という気づき。

 

悲しい時に人前で泣くこともなく、怒りたい時に怒ることもなく、辛い時は耐え忍ぶ。母はそんな感情表現を抑えるような昔ながらの慎ましやかな女性だった。

 

今思えば、父の死に際にあっても、周りで泣く娘や孫とは違い、母はおいおいと泣き縋る事もなかった。それどころか、息をひきとる直前に甥っ子とうたた寝をする天然ぶりまで発揮していた。

 

普段から天然な母ゆえにみんなで笑い話にしていたが、しかし、このうたた寝も母ならではの悲しみの回避表現だったのではと今になって思う。

 

父がいなくなってから、急に何もやらなくなってしまい、外出することも億劫になり、耳はますます遠くなり、日中はうたた寝してばかりになり、ついには認知症になってしまった。

 

すべてグリーフの症状に当てはまる。悲しいと言ったり泣いたりできない代わりに、母なりのグリーフの表現を体全体でしていたのかもしれない。

 

人には喜怒哀楽ありとあらゆる感情がある。生きることは感情を感じる事といってもいいほど、人は感情に左右されながら日々生きている。

 

感じられるという事はとても豊かなことだ。そして、その感じたことを素直に表現するという事は、とても大切なことだ。

 

何かを素直に思い、感じてしまう事を我慢したり抑圧してはいけないのだ。

 

例えそれが、悲しみであったり、怒りであったとしても、その感情が発生し感じられるならば、それは"許されている"ということなのだと思う。

 

ポジティブな明るい事、良き事の表現は好まれて許され、ネガティヴな暗い事、悪しき事の表現は嫌がられ許されないと世の中には偏った傾向があったりするが、全ての感情は感じることを許されている。全て。感じてはいけない感情はないということなのだ。

 

喜びも、悲しみも、怒りも、今自分が感じられる全ての感情を素直に感じ切ることの大切さ。

 

そして、全ての感情を感じられることはなんて幸せなことなのだろうと。

 

そんなことにしみじみと思い巡らすお盆だった。