「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

笑う門には福来る。

 

私は自分に誇れる生き方ができてるかな?

私は自分に誇れる生き方がしたいな。

 

そもそも自分に誇れる生き方ってなんだと思う?

 

自分はすごい人だねって賞賛されてドヤ顔することなのかな?

 

自分は正しい人間だとヒーロー気取りすることなのかな?

 

自分は誰かの役に立ってるって感謝されることなのかな?

 

うん。たしかにすごく気分いいよね!

 

全部、周りからチヤホヤされて気持ちいいよ。自分ってすごい人だって思えるし。誰かに承認されるってものすごく自己肯定感アップして自分はこれでよいんだと思えて安心するものね。

 

でも、周りからチヤホヤされなくなったらどうするのかな?自分はすごい人じゃないのかな?必要じゃないのかな?って思って不安になってしまうよね?そしたらまた認めてもらいたくて、安心したくて、賞賛してもらいたい、感謝してもらいたいってチヤホヤしてくれる誰かを探し求め始めるよね。大丈夫だよって言って欲しくて。

自分以外の外側の誰かにそれを求めると、きっと、求めても求めても、欲しても欲してもずっと満足しないんだよ。

それは底なし沼みたいなもの。

いつまでも安心できないんだよ。

だから、どんどん人から奪うようになるんだ。奪わなくては安心できなくなるんだ。そして、そのうち奪うことに悪気を持たなくなるんだ。そして誠実さを失ってくんだ。

 

誰かに承認されることよりももっと、自分が自分を承認できることの方が大切なんじゃないかな?って思う。

 

先ず他の誰よりも自分自身が。

誰かと比べることもなく。

 

例え、強くなくても、弱くても、頭が悪くても、カッコ悪くても、才能がなくても、地位や名誉がなくても、お金持ちじゃなくても、

自分は自分。

自分はこれでオッケーだよ。

大丈夫だよって。

 

 

そして、自分で自分を承認するというのは、自分に対してどれだけ素直で正直でいられるかオッケーをだせるかということ。

 

自分に素直に正直に本音で生きていると、時々馬鹿を見たり傷ついたりもするね。

逆に意図せずに誰かを傷つけてしまうこともあるね。

 

そんな自分の不器用さに落ち込んで、何を信じて良いのかわからなくなって、人間不信に陥りそうになることもあるね。

 

でも、自分に素直ということは裏表のないそのまんまの自分ってこと。 

 

私は着ぐるみを上から着て自分じゃないニセモノの自分で誰からもなんとなーく好かれるより、着ぐるみを脱いだ素っ裸のホンモノの自分で愛されたり嫌われたりする方がずっといい。

 

素っ裸だから時々肌が傷つくときもあるけど、どうせ自己治癒力高いから傷もちゃんと元どおりに治っちゃうから大丈夫。治せる力は自分の中にちゃんとあるって信じているから。

 

自分に素直に生きるって、自分に向き合って自分の人生に責任を待つということ。

 

そして自分に素直に生きるって、結局は誰に対しても誠実であるということになるんだ。


だから、自分に素直に生きていれば、同じような素直で誠実な人しか周りに残らない。

 

色んな人に出会って向き合って自分をたくさん見せてもらいながら、色んな感情を味わって、それで最後にはこんなこともあったねと、ガハハと全部笑い飛ばしちゃうんだ。

 

笑う門には福来るだもんね。

 

私にとって誇れる生き方とはそういうことだなって思う。

 

私はそういう風に生きたいな。