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「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

心はタイムラグを一瞬で超える

日々の頭ん中

面白いもので、去年くらいから、不思議な再会が我が身に頻発している。

 

去年の今頃のことだったか、10年前に絵の教室をしていた時の教え子からSNSを通じて不意の連絡をもらった。

 

当時小学4年生だった彼はもう高校生になっており、来年度からかねてよりの希望だったというアニメーションの仕事への夢への第一歩として、海外の美術大学へ進学する事になり、私に連絡をしてきてくれたのだ。

 

教室を終えてからの10年もの間、元々の不精者の私は、当時の教え子や親御さんとも連絡を取り合うこともほとんどなくなり、完全に音信不通となっていた。

 

そんな訳で、私の連絡先も知らないハズの教え子からの突然の電波を通じての再会には、本当に驚かされたし、心から嬉しかった。

 

その彼は、いよいよ今年の秋から海外の美術大学留学のために出発し、今は海外で大学生活を謳歌している様子をちょくちょくSNSを通じて見せてくれている。その様子は本当に楽しそうで、いつもこちらまで楽しい思いをさせてもらっている。

 

そして、先日のこと。

自宅近くのコンビニで買い物をしていると、「先生!」と突然声をかけられた。

 

パッと声の方を振り返ると、よく知る懐かしいお顔が。そこには、昔の教え子のお母さん。

 

あまりにも懐かしく、お互いに再会を大喜びしてしまった。互いにそれなりに長い年月では色々あったものの、一度話せば心はその年月のブランクも感じさせない、そのまんま当時に戻ってしまったようだった。

 

実は、絵の教室を主催し始める数年前の20代中盤、絵を習いたい子がいると近所の知り合いから声を掛けられ、個人的に家庭教師のようにご自宅まで、小学生の男の子2人兄弟に絵を教えに行っていたことがあった。

 

声をかけてくれたのは、その2人兄弟のお母さん。私にとって初めての教え子さんとその親御さんで、初めて先生体験をさせていただいたご家庭だった。

 

当たり前だが、当時小学6年生と4年生だった兄弟も今は20代。とても背が高くなり、とっくに社会人で、朝早くから夜遅くまでお仕事をして元気にしているらしい。

 

おそらく、大人になった彼らの姿はわからないくらい当時とは一変しているだろう。もし再会できたなら、最初は互いにあまりの変貌ぶりに驚いて戸惑うかもしれない。けれど、姿形のタイムラグはあっても、心はすぐ当時に戻ってしまえるだろうなと、なぜか根拠なしに思えるから不思議なものだ。

 

なぜそう思えるかというと、絵を描いたり、物を作ることを通じて、互いに心からのやりとりを共有した記憶がしっかり残っているからだ。

 

長い人生の中で(と、いってもせいぜいまだ40年くらいのものだが)、教え子や親御さんと共に過ごした時間、顔を合わせ会話をしたのはほんの少し、本当に短かいものだった。けれど、そのほんの少しの時間の中で、心から互いに向かい合い、やりとりをし、色んな気持ちを共有したことは今でもハッキリと記憶の底に残っている。

 

だから、長い年月、それぞれの人生の中でいつの間にかその記憶が忘れ去られたとしても、一度再び遭遇すれば、その記憶の欠片が奥底から吹き出すみたいに舞い戻ってきて、互いの記憶の欠片と欠片がパズルのピースみたいにピタッと重なって繋がれるのだ。

 

マジックみたいにおもしろいもので。

 

そんな風に再び繋がれる喜びを思い出させてくれるような再会の頻発。

 

あらためて、かつての教え子と親御さんに心から感謝したい。

 

そうやって再会に気づけたのは、かつての教え子や親御さんが私に気づき、声を掛けてくれたからこそ。たまたまであっても、気づき、思い出し、繋がろうと意思しなければ繋がれない。

 

意思したその時、時間とか空間は一瞬で消え去ってしまう。

 

そして、また再び新たに繋がれたご縁を楽しみつつ、今、また、新しく巡り合い繋がれていくであろう色んなご縁を楽しみにしたい。そうしてできるであろう新しい記憶の欠片もまた、循環するように再び巡り巡って和のようにいつかきっと繋がれていくであろうから。