「いいゆめ・ゆし・きぶん。」

イラストレーター佐藤右志の脳内備忘録ブログ

からだがあるわたし。その4 弱さという強さ②

私は長年、生まれながらの虚弱体質から脱却すべく、今まで色んな方法で体質改善を自分なりに試してきました。

 

けれど最近になって、本当は「方法」よりも「在り方」の方が大事なんじゃないかなと、思うように至りました。

 

今までの私は、確かに、身体に良さそうな色んな方法や手段を沢山試してきた甲斐もあって、以前よりも身体が強くなったし、そう実感もしています。

 

けれど、本当に心身の健やかさを実感できているかと自問してみたら、どうもそうは感じられないのです。これだけ色々やってきているのにも関わらず、なぜなのだろう?根本的な何かが、どうも違うのだよなぁ…という感覚がいつまでもつきまとっていました。

 

そして、つい最近になって、一番根本的な問いにようやく突き当たりました。

 

「そもそも私は、自分の身体を愛しているだろうか?」と。

 

私は病気がちで自分の思い通りになかなかならない身体をいつも無理矢理力ずくで動かしてきたのではないだろうか?思い通りにならない身体を好きになれず、今までずっと嫌ってきたのかもしれない…と思いました。

 

弱い身体を好きになれず、必死に別の強い身体になろうとしてきたのかもしれないと。

 

そんな私だから、自分の身体を労ろう、大切に扱おう、身体の喜ぶことをしようという発想になるはずもなく、身体を如何にして自分の思い通りの健康的な状態にコントロールできるか、いうことをきくようにするかと、そんな風に身体に接してきたのかもしれません。

 

本当に女子らしからぬ身体の扱い方ですよね。。(汗)

 

いくら一時的に健康であったとしても、常日頃、身体を愛し大切にできていなければ、身体は健康を保てるはずもありません。美しく咲いた花でさえ、世話をせず愛でずに無視し続ければすぐ枯れてしまうのと同じです。

 

この歳になってようやくそんな当たり前のことに、やっと気がついたのです…(汗)

 

そう気づいたら、急に私は身体さんに申し訳ない気持ちで一杯になりました。

今までどれだけ身体さんは私のために健気に頑張ってきてくれただろう…

 

身体さん、ごめんね…

 

今からでも遅くはない!身体さんとちゃんと対話して好きになりたい…

 

そんな訳で、改めて昨年秋頃から意識的に自分の身体を労わり、丁寧に向き合うことを心掛けることを少しずつ始めたのでした。

 

それは本当になんてこともないことで。

 

お風呂にゆっくり入ったり、丁寧にオイルマッサージをしたり、時々ヨガをしたり、散歩したり、身体によい美味しいものを食べたり、着たいなと思った服を着てオシャレを楽しんだり、美容室でヘッドスパしてもらったり、夜寝る時にアロマオイルの香りで癒されたり、疲れたら無理をせず、温かくして、よく休んだり眠ったり、、、

 

身体の声に耳をかたむけ、身体を可愛がるように大切に扱い、身体が心地よいと感じ喜ぶことを思いつく限り色々楽しんでやってみました。

 

おお!なんて女子な生活!(爆)

 

意識的にそんなことを始めてみると、如何に自分は今までそんなことさえもちゃんとしてこなかったのか、、、

しみじみ気づかされたものです。

とほほ。

 

そして、そんな生活を意識的に始めてから約半年。この春にビックリするような変化が身体に現れたのです。

 

なんと、突然の皮膚疾患を発症したのです!

 

え?丁寧に大切にしてきたのに病気になっちゃったの?全然だめじゃない?って思われたかもしれません。

 

けれど、私は皮膚疾患が現れたことを密かにチャンスかもしれない思っていました。そして、私の身体さんに感謝していました。

 

なぜかというと、その時私は、身体の”大掃除・デトックス”ができる大きなチャンスがやってきたと思ったからです。

 

 

その5に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からだがあるわたし。その3 弱さという強さ①

私には長い間、身体的劣等感があったように思います。

 

それは外見的なものというより、「元々もつ身体の力が弱い」という劣等感。

 

元々私は小児喘息持ちで、季節の変わり目などには必ず風邪をひき、その度に喘息の発作を起こし、いつも学校を休みがちな虚弱体質な子供でした。

 

一度発作が起こると、生きた心地がしません。まともに呼吸ができなくなるのです。いつもこのまま呼吸ができなくなって死んでしまうのではないかと思いながら、何も出来ず布団の中で小さくうずくまり、うつ伏せになりながら背中でなんとか必死に呼吸をして、ただただ早く発作が過ぎ去ってくれないかと、朦朧とやり過ごすことしか出来なくなるのです。

 

なので、発作が起こるとすぐ緊急で病院に連れて行かれ、いつも吸入器のお世話になりました。吸入器をかけた後は、あの発作がまるで嘘のように呼吸がスムーズにできるようになるのです。

 

私にとって、吸入器はまるで魔法のようなものでした。

 

そんな訳で私は、頻繁に病院に通っては大量のお薬に頼るということが当たり前の子供時代を過ごしてきました。

 

そして、段々と成長するにつれて体力もつき、女子なので思春期頃には月のものも始まり、身体の自然な変化に伴っていつの間にか小児喘息の発作が起こることもなくなりました。

 

喘息が起こらなくなり、長年の病院通いやお薬を飲むことから解放されたことは私にとってとても大きなことでした。それ以来私は、子供時代の反動もあってか、病院通いもお薬に頼ることも殆どしなくなりました。

 

というのも、子供の頃、体調を崩す度に処方される大量のお薬を飲むことが毎回すごく苦痛で、嫌気がさしていたことと、子供ながらに、なんでこんなにお薬は不味いのか、そして、なんでこれほどまでに大量のお薬を飲んでいるにもかかわらず、一時的に治ってもまた度々病気になるのか、病気が完治しないのか素朴に疑問だったのです。そして、薬に依存し続けたくなかったのです。

 

小児喘息は自然と治ったとはいえ、その後は身体の別の不定愁訴に度々見舞われるようになりました。その度に、あいも変わらず「私って身体がホント弱いなぁ…なんでこんなに身体が弱いんだろ…ホントに健康体になりたい…」と自分の生まれ持った虚弱体質を憂い悩みながら、ずっと自分の弱い身体に向き合わざるをえない日々を過ごしてきました。

 

そして、いつも何かある度に「身体さえもっと強ければ○○出来たのではないか?とだけは思いたくはないなぁ…いつも身体の不調を精神力でカバーし続けるにも限界があるよなぁ…」とも心の何処かで思っていたので、私にとって「如何にして心からの健康体を保つか」ということは、生きていく上で長年の重要なテーマになっていました。

 

 どんなに無視しても、忘れたフリしても身体があらゆる症状をもってして「自分の身体」「健康」というものを嫌でも意識させてくるのです。

 

そして、当たり前のことなのですが、何事につけ、根本に身体がなければ、この世では、為すことも成せないのですよね。精神力だけでは…

地に足をつけて生きるには心の乗り物である身体を健康に保つことはホントに重要なことだなとつくづく思います。

 

そんな訳で私は、根本的な体質改善をすべく、自分なりにできそうな興味が沸いたことを色々試してきました。食事、運動、ヨガ、断食、、、、

 

どれもそれなりに自分に合っていて効果もあるし、役立つなと思うものがたくさんありました。劇的に根本体質が変わったかというとまだ道半ばかなぁと思いますが、少しずつ、でも確実に私に変化をもたらしてくれてきたように思います。

 

 

その4に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からだがあるわたし。その2

すごくややこしい話をする。

 

もしかしたら今までの私は、「身体がある」という意識がとても希薄な人間だったのではないかと、最近 やっと自覚した。

 

というより、無意識に「身体がある」ことに抵抗し続けてきたのかもしれない。

 

それは何故かと考えてみたら、無意識に「身体があることがすごく窮屈」と感じながら生きてきたからだと思う。

 

身体に魂が拘束されて、閉じ込められて、周りから断絶されている感覚、身体があるが故の不自由さ、いつも、身体という境界線が私と誰か・何かを区別し隔てているが故に感じる孤独。

 

あらゆる区別や条件に関係なく、身体を飛び越えて、精神が、心が、自分と誰かや何かの境界線を溶かして、どこまでも繋がりたいのに、身体が邪魔しているように感じるジレンマ。

 

かと思えば、心の同化が行き過ぎて、その後、自他の違いの現実を思い知っては、結果、違いを受け入れられない時に、裏切られたと感じたり、傷ついたり。もしくは、そうなるのが怖くて、身体を相手と自分を隔てる壁や鎧のようにして、心を閉じ込めて自分を守り孤立していったりするのかもしれない。

 

心と身体のズレ。
置いてけぼりを食らう、身体、もしくは心。

 

今までそんな感覚をたくさん経験してきたように思う。

 

そして、これは私独自の感覚ではなく、多かれ少なかれ誰しもが生きていく途上のあらゆる場面で経験する共通の感覚なのでは?とも思う。

 

何故なら、極端な言い方をすると、人が抱える悩みの多くは、大抵、大元を辿れば、身体性に由来するものばかりだと思うからだ。

 

人種・性別・容姿・セクシャリティ・身体能力・出自・家族構成・生育環境・貧富・生老病死など…

 

こういった諸条件は「身体を持つ」が故に発生する。

 

身体を持ったが故に発生した条件や区別に縛られながら、人は日々生きている。

 

そして、その条件は存在する人の数だけ違うし、同じものなどは1つとしてなく、存在する人の数だけのバリエーションがある。

(さらに、かつて存在した人の数だけバリエーションの記憶もある)

 

そして、「生きる」ということはきっと、自分や相手に与えられた「身体性から発生した初期設定」を受け入れた上で、いかにそれを楽しめるか、面白がれるかなのかもしれない。

 

そして、その初期設定自体を無視して否定し受け入れずにいると、徹底的に初期設定を思い出させるような出来事ばかりが起こったりするのだなぁとも思ったり。

 

当たり前のことだけれど、身体と心は切っても切れないものなのだし、身体がないとこの世では生きてはいけない。

 

そして、時に、心よりも身体の方が本当の答えを知っていたりすることもあったりする。

 

手のひらを合わせる時、自分の右手と左手が、疑いもなく同時に動きズレることなくピタリと重なるみたいに、自分の心と身体のズレが消えて一体化していった時に、きっと、色んな条件や区別からも解放されて、真実、自由自在になれるのかもしれない。

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からだがあるわたし。その1

最近、私の心が私の身体と仲直りし始めているのを日々感じている。

 

なんじゃそりゃ?って思われるかもしれないが、仲直りって言葉が一番しっくりくる表現だから、その通りにとりあえず書く。

 

私の心が私の身体さんに「ただいま〜」と言って、私の身体さんが私の心に「おかえり〜」って返す、そんなやりとりを、半年間くらい、もしかしたらそれよりもっと以前から、無意識に本当はやりたくて、そして少しずつやり始めていたのかもしれないなと、最近、ふと、気づいた。

 

そして、最近はそんな「おかえり〜」と「ただいま〜」のやりとりが無意識から意識的になり始めている。

 

更に、最近はそんな「ただいま〜」と「おかえり〜」のやりとりが、前よりもできるようにちょっとずつなってきたかも?とも思う。

 

と、同時に、振り返ると以前は、「ただいま〜」と「おかえり〜」のやりとりがすごくテキトーだったかもしれないとも気づき、思い出すにつれ「ごめん。私の身体さんよ…」と私の心は身体さんに語りかけずにはいられないのだ。

 

ぞんざいな扱いを受け続けてきたにも関わらず、健気にもいつも支え続けてくれた私の身体さんよ…

 

私の心は無言で、「ただいま〜」も言わずに、「おかえり〜」と言いたい身体さんを無視し、お腹がすいたからとりあえずガソリン補給みたいに快感中枢の感じるままに食べて飲んで身体さんに負担をかけ、お風呂もカラスの行水みたいに済ませて身体さんを丁寧に扱わず、健気に私の心に話しかけたい身体さんの話も聞かずにサッサと眠りにつき、翌日も身体さんの「いってらっしゃい〜」を聞かずに私の心は身体さんに冷たく接して生きていたように思う。。

 

まるで、ワーカホリックな旦那とそれを黙って支え続ける古風な妻みたいな例え話だけれど、大袈裟だけどそんな風にだったかもと感じた…

 

(笑)

 

このままでは、妻に逃げられる…

そして、妻に逃げられる時こそ、あの世に行く時なんでしょう…だって、心が身体さんを失う時は、死を意味する時なのだから。

 

それはイカン!(笑)

本末転倒!身体を失っては意味がない!

これでは浮遊霊だ!(笑)

 

もしくは、ただ風雨を避けて寝るだけの、最早、巣としてだけの機能と化した手入れもされない家と、その家人のような。

 

 風雨で長年傷ついたところも気づかぬふりして放置して、修理もせず、磨くことも飾ることもせず、なんだか可哀想なことをしてきたなと、一人反省会をするに至った私。

 

最近やっと、ちゃんと身体さんの声を聞きたいなぁと、身体さんを労わり、大事にし始めたら、どうやら、身体さんがそれに気づいて、身体さんも喜んでくれて、そのうち、私の心に以前とは違うように話しかけ始めてくれるようになったと感じる。

 

そんなわけで、私の心と私の身体さんのコミュニケーションがだんだんと楽しくなってきたようなので、しばしこの調子で「ただいま〜」と「おかえり〜」のやりとりを楽しく続けていこうかなと思う。

 

そしたらきっと、私の心と私の身体さんが、いつか、長年連れ添った老夫婦みたいに、なにも言わずとも「あうんの呼吸」になる日が来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゆーだ!

たとえ

一瞬の

夢だろーが、

幻だろーが、

仮初めだろーが、

私の世界は

全部

ホントーだ。

嘘も、

誤魔化しも、

逃げも、

隠れも、

したくない。

 

どんな環境でも、

どんな状況でも、

ホントーは

じゆーだし、

全部自分の心次第。

私は私だ。

 

遊べー!

楽しめー!

味わえー!

感じろー!

 

全方位

五感も第六感も

総動員だ!

 

それでよし。

これぞ平和。

 

 

一足早いクリスマスプレゼント

2016年も、早いもので残すところあと一週間となりましたね!

 

今週末は、老若男女お待ちかねの楽しい楽しいクリスマスですが(笑)、今日私は、一足お先に素晴らしいクリスマスプレゼントをいただきました〜。

 

ちょうど外国の美術大学の一学期を終えて年末年始に一時帰国したばかりの、かつての教え子と、ついに10年越しの再会を果たしたのです〜!!

 

やったぁ〜〜〜〜!!\( ˆoˆ )/

 

その教え子から、インターネットを通じて私のところに突然連絡が入ったのは、ちょうど約一年前。

 

かつて主宰していた絵画教室を閉めて、当時まだ小学生だった教え子たちとはまったくの音信不通になって約10年、まさかこんな形で、電波での再会を果たすことになるなど思ってもみなかったので、教え子からの突然の連絡には本当に驚いて、喜んだのですが、

あれから更に約一年後、ついに、本人と直接の再会を実現することができたのです!

 

すごぉ〜〜いっ!!!

 

こんなことって、実際におこるんだなぁぁ〜〜。

 

なんといいますか、ちょっと大袈裟ですけど、ホントに頑張って生きてきてよかったなぁ〜〜と、今日は思いました〜。

 

そのくらい、本当に嬉しかったのです!

 

 

10年ぶりに教室当時のコミュニケーションノート(交換絵日記)も持ってきてくれて、ちょー懐かしすぎて、思わず泣きそうになりました(笑)すごく綺麗に保管してくれてるんだもの!

 

しかも、10年前の私の描いた絵、自分で言うのもなんだけども、うまかった(笑)

 

そして、一番なにより嬉しかったのは、やっぱりかつての話よりも、成長した今の教え子に会えたこと。そして、今の教え子が学校の授業で描いたデッサンや絵をたくさん見せてくれたこと、今の話や、これからの夢や目標をたくさん聞かせてくれたことでした。

そして、かつて自分も同じように悩み、勉強してきたことを、こんな形でシェアすることができたのも嬉しいことでした。

 

しみじみ、こんな風にまた、違う形で教え子と関われる日がくるなんておもってもなかったので、有難いなぁ〜、自分はつくづく幸せ者だなぁ〜と、今日はしみじみと感じています。

 

2016年、締めくくりにこんなサプライズプレゼントが待っていようとは…(笑)

 

これだから、人生は面白い。

来年もきっと良い年になりそう(^^)

 

 

 

 

 

 

 

『邪魔になったサンタクロース』

 

*2015年12月 第四回目の「超ショートショート講座」で作った自作ショートショートです。


『邪魔になったサンタクロース』


作・わたし

 


時は2015年、師走。

年の瀬がせまる夜の街。

街路樹は煌びやかなイルミネーションに彩られ、街ゆく人々はあと数日にせまったクリスマスのプレゼントを探し求め、街中が賑わい華やいでいた。

そんな中、街の賑わいから少し離れた場所にある、人気のない小さな公園のベンチに、「ハァー」と大きなため息をつきながら1人うなだれる大男がいた。

その大男の名は「サンタクロース」。

そう、かの有名な「サンタクロース」である。

あと数日もすれば時の主人公、子ども達のヒーローになる、あの「サンタクロース」がナゼこんなところでため息などついているのだろうか?

そもそも、クロネコヤマト並みに繁忙期の最中であろうはずの彼に、そんな暇などないはずである。

ではナゼ?

答えは簡単だ。ため息をつけるほど彼は暇だったからであった。

 


「本当はサンタなどいやしない」
「サンタなんて、どうせ親でしょ?」


”サンタいない説”をカミングアウトする大人と、サンタの正体を知ってガッカリしてしまった子どもの間に、いつしかクリスマスは「おねだり」と「ご褒美」のギブアンドテイクの日になりかわってしまって以来、本家本元のサンタクロース達の仕事も年々激減していたのだった。。

世の風潮とは慎に怖ろしいものだ…

「このままではサンタJrも養えん…」

と、仲間達は次々と赤いスーツを脱ぎ捨て、白ひげを剃り落し、サンタ業を廃業し転職していった。

生活に困窮した仲間の中には、先祖代々受け継がれた大事なソリをオークションに出品し売ってしまうものもいた。
(ちなみに高値で競り落とされたようだ…)

長年連れ添った大切な相棒のトナカイさえも養えず、泣く泣く動物園に手放すものもいた。

それどころか、中には仲間に無断で”サンタマーク”や”サンタロゴデザイン”などを勝手に商標登録し、サンタグッズを販売したり、トナカイやソリのレンタル業を始めたり、金に目が眩んだ仲間達は次々とサンタを辞めてサンタビジネスに流れていったのだった。

「あいつも…そして、あいつも…
みんな変わってしまった…
きっとこのままじゃ、いつかワシも…
この自慢の白ひげを剃り落とすことになるかもしれん…」

サンタはそう、やるせなくポツリ呟くと、再び「ハァー」と大きなため息をついて、ただただうなだれるばかりであった。

 

「…あのー、おとなり空いてますか?」

サンタが慌てて顔を上げると、目の前に1人の女が立っていた。

見るからに仕事帰りであろう仏頂面したその女は、ひどくくたびれている様子だった。

「え、ええ!ど、どうぞどうぞ…」

慌ててサンタが返事をすると、仏頂面の女はぶっきら棒に会釈をし、サンタの真横にドスンッと腰を下ろしたかと思うと、「ハァー」と、大きなため息をひとつつき、自分の肩をトントン叩いたり、首をぐるぐる回しはじめたのだった。

その様子を見かねたサンタは思わず女に話しかけた。


サ「…あのー、ずいぶんとお疲れのご様子ですね…」

女「…ん?あ?ひょっとしてあたしに話しかけてんの?」

サ「はい…ずいぶんお疲れだなぁと…」

女「…そうなのよ。あたし、もうグッタリなの。…ほら年末でしょ?年末進行ってやつで、サンタ並みに忙しいの」

サ「…サンタ並みにですか…はぁ…
年末進行、何ですかそれ?」

女「…あぁ、あたしね、本作ってんの、本。この仕事ってね、特に年末忙しくって。…全然っ、終わんないから、もう今晩はさっさと帰ることにしたの」

サ「…はぁ…本ですか…それは大変ですなぁ」

女「…まぁーねー」

サ「でも、仕事が忙しいのはなによりじゃないですか?……うらやましいかぎりですよ…」

女「…まぁーねー。でもね、今の時代、本が売れないからさぁー、結構大変なんだよー」

サ「…はぁ…そうですか…それはそれで大変ですなぁ…」

女「…まぁーねー。あ、ところでおじさんは?ここでなにしてんの?」

サ「……」

女「…あ、もしかして聞いちゃマズかった?」

サ「…いや、マズくはないが」

女「……」

サ「……」

女「…それにしてもさぁ、おじさん、すっごいヒゲだよね。実はねあたし、さっきからずーっと気になってたの。遠くから、なんかベンチに暖かそうなヒゲのおじさんがいる~って、そのヒゲ超ー目立ってたから。ほらあたし疲れてるせいかおじさんが段々お布団にみえちゃって!気づいたら吸い寄せられるようにここに来ちゃってて。
…あ、ごめんなさい!あたし超失礼なこと言っちゃったね!」

サ「…いや、かまわんよかまわんよ」

女「それにしてもおじさん、そのヒゲ。ここまで伸ばすの大変だったでしょ?なんでそんなに伸ばしてるの?えっと、ファッション?趣味?願掛け?」

サ「…いや」

女「え?じゃあ、仕事でとか?」

サ「…まぁ、そういうことじゃ」

女「こんなヒゲがゆるされる仕事って、、なんだろう?だってそのヒゲ、カーネルおじさんの比じゃないもん。ってか、サンタ並みじゃん。あっははは~!」

サ「…まぁ、そういうことじゃ」

女「え?」

サ「…そういうことなんじゃ」

女「…え?なに?そういうことってどういうこと?」

サ「…サンタクロースなんじゃ」

女「…誰が?」

サ「…ワシがじゃ」

女「…おじさんが?」

サ「そうじゃ」

女「…本当に?」

サ「本当じゃ」

女「……えーーー!!うっそ~?!信じらんないーー!!ってか、サンタがこんなとこで油売ってて大丈夫なの?今超ー忙しい時じゃん!なに?もしかして仕事の合間の一服中に私サンタに遭遇しちゃった?え、私もしかして超ラッキー?」

サ「……」

女「あ、ごめん!大っきい声で!みんなにバレちゃうね!折角の一服中、ゆっくり休んでられないでしょ。ごめんごめん!…えっと、、、あ、私そろそろ行くね!おじさんゆっくり休んで!お互い年末進行で忙しいけど、頑張って山場のりこえて良い年迎えましょうね!」

サ「あ、い、いやっ!待ってくれ!大丈夫なんじゃっ!だから行かんでくれっ!」

女「…はい?」

サ「ぜ、全然、忙しくないんじゃっ!」

女「…え?」

サ「暇なんじゃっ!」

女「…サンタが?」

サ「…そうじゃ、サンタがじゃ。…暇すぎて困ってるんじゃ…
だから、まだ居てくれてもかまわないんじゃ…」

 

キツネにつままれたようにキョトンとする女に、サンタは自分の境遇について懇々と話して聞かせたのだった。

 

女「…そっかぁ~。今どきはサンタさんも大変なんだねー。」

サ「…そうなんじゃ…」

女「それじゃあ、お子さんや奥さん養うのも大変でしょ~?ソリとかトナカイの維持費なんかもかかるんじゃないの?」

サ「…そうじゃのぉ…」

女「そーだよねぇ…」


そう言うと、おもむろに女は立ち上がり、近くの自販機へ行き、缶コーヒーを両手に持って再びベンチに戻ってきて、サンタに一本缶コーヒーを手渡した。


女「飲まない?ずっと座りっぱなしで冷えちゃったでしょ?缶コーヒーだけどよかったら」

サ「ワシにか?…あぁ、すまない。ありがとう、いただくよ」

 

サンタは缶コーヒーを女から受け取ると、
しばらく両手で缶を大切に包み込むように握りしめ、手に伝わる温もりに安堵したのだった。サンタの横で女は、缶コーヒーをカシュッと音を立てて開けると、コクコクと飲みながら「あったまるね」と呟いた。

 


サ「…いつから、みんなは信じなくなったんじゃろぉ…」

女「え?サンタのこと?」

サ「…そうじゃ」

女「う~ん。そぉねぇ…サンタって姿形が見えないからかなぁ?」

サ「…見えないから?」

女「うん。あ、でも、見えないから逆に、”いて欲しい”って想像を膨らませて、信じようとするのかもしれないけど」

サ「……信じようとするか、、、
そりゃそうと、お前さんは想像じゃなく、ワシが本当にサンタだと信じてくれるかね?」

女「え?あたし?まーねー。そりゃ最初はね、おじさんがサンタだなんて、ウソじゃない?って一瞬、思ったけど。だって、サンタさんってプレゼントだけ届けて絶対姿は見せない存在で、絵の中の人だってずっと思ってたから。でも、そんな見事なヒゲみたことないし、話聞いてるとホントにサンタみたいだし。」

サ「…そうかい」

女「うん」

サ「…ところでよかったら、お前さんの小さい頃のサンタの思い出を聞かせてはくれまいか?」

女「え?あたしの?……うちはさ、クリスマスとかって初めから一切やらない家庭だったからなぁ。だからクリスマスにプレゼントなんて一度も貰ったことがなくって。お友達がサンタさんにプレゼント貰ったって嬉しそうに話すのを聞いて、子どもの頃はずっとみんなが羨ましかった。どうしてうちだけサンタさんは来ないんだろうって。」

サ「ふむ」

女「それでね、訳を親に聞いてみたら、サンタなんて知らん!って」

サ「うむ!」

女「だからかな、私ね、もしかしたら子どもの時よりも、大人になった今の方が、サンタはいないってわかってるのに、未だに心の何処かで、いて欲しいってずっと信じ続けてるの。信じてるっていうか、信じたいんだと思うんだけど。」

サ「…信じたい?」

女「うん。だって、信じなきゃ何も始まらないでしょ?なんでもそうだけど。…ホント、馬鹿みたいだけどね!いい大人が。今どき子どもだって、サンタを信じなくなってるのに。」

サ「いや、馬鹿じゃないさ。現に今、お前さんの目の前にワシがおるわけだし。」

女「あ!そーだね!まさかプレゼント届けてもらう前に本人に直接会っちゃうなんてね!すっごいよね!あははは!」

サ「ふぉふぉふぉ!」


女「…ふふふ、サンタさんやっと笑ったね」

サ「…お前さんもな」


2人は穏やかに微笑みながら缶コーヒーを飲んで、夜空を見上げた。星が煌めいていた。


女「…実はね、私、さっきまですっごく落ち込んでたの。仕事で大きなミスしちゃって。ホント自分はなにをやってんだろ?サイテーだって、自分を責めて、自分のことさえも信じられなくなるくらい落ち込んでたんだけど、サンタさんと話してたらね、なんか元気でてきた。ありがとね」

サ「いやぁ、お礼をいうのはワシの方じゃ。美味しいコーヒーまでご馳走になってしまって…」

女「ふふふ、サンタさんにプレゼントしちゃった。逆プレゼント。ふふふ」

サ「ふぉふぉふぉ!」

女「さぁてと!私、そろそろ行くね。やっぱりもう一回会社に戻ってもうひと頑張りしてくるわ!」

サ「ほう。そうかい」

女「うん」


そういうと、女はスックと立ち上がり両手を挙げて気持ち良さそうに空に向かってひと伸びした。


女「じゃあね、サンタさん!お互い大変だけど頑張ろうね!良いお年を!」

サ「あ、お前さん、ちょ、ちょっと待ってくれ!」


歩き出した女をサンタは慌てて立ち上がり引き止めた。


女「ん?どうしたの?」

サ「ワシとしたことが、すっかりお前さんの欲しいものを聞くのを忘れておった!お前さんは何か欲しいものはないかい?」

女「欲しいもの?」

サ「そうじゃよ、クリスマスプレゼントじゃよ」

女「あー!そっか、すっかりお願いするの忘れちゃってたわね!サンタさんに会って満足しちゃって!」

サ「まだ間に合う、ぜひともお前さんの欲しいものを教えてくれないか?」

女「…うーん、そうだなぁ。クリスマスは仕事で忙しいし、ぶっちゃけ来られても困るんだよねー。そーだなぁ、、、あ!それじゃあ、お手紙ちょうだい!」

サ「…手紙?」

女「そ、お手紙」

サ「…手紙、で、本当にいいのか?」

女「うん。いつでもいいから。できれば、サンタさんが元気かわかるような直筆のお手紙がいいな」

サ「…ほう」

女「ほらあたし、昔からクリスマス関係ないしでしょ?だから毎日クリスマスってことで。だからね、サンタさんが出せる時にお手紙書いて送って。そしたら私もお手紙送るから」

サ「なるほど。ではそうしよう!」

女「うん。じゃあ楽しみに待ってるね!」

 

こうして、女はサンタに別れを告げ会社に戻って行ったのだった。

サンタもベンチから立ち上がり、気持ち良さそうに空に向かって大きくひと伸びした。


「よし、ワシももうひと頑張りじゃな」

そう呟いて空を見上げると、星々が煌めいていた。

 


時は2016年、師走。

年の瀬が迫る夜の街。街路樹は煌びやかなイルミネーションに彩られ、街ゆく人々は
クリスマスのプレゼントを探し求め、街中が賑わい華やいでいた。


「今年のクリスマスプレゼントどうしようかなぁ~?」

「あらあなた、まだ考えてなかったの?」

「うん。困っててね。子ども達が喜ぶようないいアイデアない?」

「それなら、この本読んでみたら?今すっごく話題になってるんだよ」

「え?なんて本?」

「『現役サンタ直伝!みんなが喜ぶサプライズアイデア』って本。」

 

 


おしまい

 

 

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長い話になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。


サンタクロースがいるか、いないかって、この時期お決まりで話題に上がる話ですが。

子どもを持つ姉は、サンタさんがいないことをいつまで子どもに黙っていようか伝えるタイミングを考えながらも、ずっと”いるで通したいんだよね”とも言ってます。(笑)でも、そういいつつも「黙ってても子どももホントはわかってるんだけどね」とも言ってました(笑)


それでもあえて、大人も子どももサンタはいるんだと、互いにステキな嘘を”信じる”。私はそれってステキでいいんじゃないかなぁ~なんて思ったりします。


サンタはある種のメタファーみたいなもので、信じてみた時に、はじめて実在し、具現化するものなんだと思う。

だから先ずは「信じること」ありき。
信じなければ、そこにはなにもないのかなとも思います。

と、理想論かもしれませんが、そんなことを思いながら書いてみました。

最期は超現実的なラストになりましたが(笑)

 

それでは!みなさん。どうぞステキなクリスマスをお過ごしください!( ´ ▽ ` )ノ